第6話 初配信

「……そろそろですね」


『実際の己』と『理想の己』を思い描いて、その二つの己のイメージから模様替えを行った。

 ファンシーでありながらもちょっと渋いと言うか、愛らしさには似つかわしくない趣味も詰め込まれた部屋の中、さぬきはPCの画面を見ていた。


 『さぬきちゃん準備中!』と書かれた可愛らしい文字が踊っている。

 人も集まって来た。配信開始から5分が経とうとしている今の段階で、既に同接2000を超えていた。


 配信者のための企業などの後ろ盾もない、芸能人というわけでもない。

 ただ一個人の初配信としてはあまりにも破格な数字。

 容姿も要因の一つだろうが、おそらくは世界唯一にして最高という無二の異能強度から存在を知って見に来た人が多いのだろう。

 そういう人たちを引き込める話術はない。

 だが性格の悪い彼女にしては珍しく、『沢山の人を楽しませるような配信がしたい』と他者への真っ当な正の感情を感じさせる決意していた。


 時計の針が20時を示すその瞬間……さぬきは『新生』していくこととなる。


「あ〜、あ〜。聞こえてる?あ、うん。聞こえてるね。やっぱり私は天才だから〜♥これくらいはできて当然だよね♥」


 以前に街で着ていた服よりさらにファンシー、しかし肉体年齢と圧倒的な容姿のレベル的に日常的に着ていてもさほど痛くは感じない。少なくとも違和感を覚えることはないだろう。

 そんな衣装のままメスガキ的な口調をすることに恥ずかしさを覚えながらも、それは思考の外に捨てて画面に話しかける。


・こんばんは〜

・これはやべーやつがきたぞ

・小娘、調子に乗ってやがるな。俺は調子に乗っているやつが一番キライなんだ


「グルメな四天王の中で最強なお兄さんがいるね♥現代でこんな大昔の漫画読んでいる人いるんだぁ♥あの漫画面白いよね♥大昔の漫画を語れる人なんてめったにいないから語り尽くしたいところだけどぉ……口調のエミュはもっと正確にするべきだと思うな♥」


・よくト◯コネタ拾ったな。35歳無職のメスガキおじさんどころか100年以上生きてる長命種メスガキだったりする?

・キャラなりきりコメに対してエミュが不完全だと指摘するメスガキおじさんの図。

・せんせー!聞きたいことがあります!インタビューのときはマトモに受け答えしてましたけど、今のメスガキってキャラ作りですか?


「……キャラ作りと言えばキャラ作りですね。ですが、本性と言えば本性です。隠したいと思えばこんな風に隠せますし、普段はできるだけまともに生きていたいのでこんな感じの話し口調にしています。こちらもまた、今の私の本性です。ですが、ちょっと無理して出そうとしたり、そうじゃなくても感情が高ぶれば思わず内なるメスガキが出てくるんですよ。……ぷっぷぷー♥キャラ作りだと思った?思いたかった?残念、ただのキャラじゃないから♥クソザコなキミたちじゃ私の本性なんて見抜けないよね♥ばーか♥……と、こんなふうにです」


・テンション乱高下し過ぎだろ

・メスガキを演じている元合法ショタ無職おじさんでありながら、見た目だけじゃなくガチでメスガキでもあるとか属性過多すぎるだろ

・かわいい

・正直敬語状態のほうが好き


「えー?♥敬語のほうが好きなの?♥ならしかたないなぁ」


 もしかしたら、新たな需要が生まれるかも知れない。この程度ならチャレンジして何ら問題はないだろう。


「……フフフ、こういうのが良いんですかね♥まったく、今どきのくそざこどもの考えることは良くわかりませんよ♥……ですが、こういうのも悪くないんですよね?ク・ソ・ザ・コ・さん♥ケケケ……あっはっは!」


 思わず取り繕った敬語だけではなく、素が多く含まれてしまった。

 己の性格が悪いことはよく自覚しているので、失敗したかとも思った。

 少なくともケケケなんて言う笑い声は、あまりにも酷いだろう。

 メスガキというよりはクソガキに近い。

 だが、需要というのはどこに隠れているかわからないものだった。

 ――もしかしたら、あのコメントをきっかけにして大きく飛翔することになったのかも知れないと、未来の彼女は思うことになる。


・……これはなかなか

・甘ったるい声なはずなのにけだるくてくたびれた感じと、小憎たらしさと、慇懃無礼な感じが混ざり合って凄くイイ

・声があまりにも性的すぎる

・ワリィんだけどさ……次の配信ではさ――――さぬきちゃん……そのボイスでASMRやってくんね!!?

・さっきまでのキンキンした感じも凄くカワイイし、普段(?)の普通の敬語もイイんですけど、さっきの慇懃無礼メスガキは声の感じがマジで良すぎました 妄想の中にすら存在できないくらいにお顔が可愛いのに、口調や声の方に意識が行ってしまうとは思いませんでした


 更に褒める声は続いていく。 


「……ほ、本気ですか?かなりやらかしたつもりだったんですけど?……ふむ。なら、それはそれで……。これがウケるというのであれば、やらざるを得ませんね。クソザコリスナーさんは、こういうのがすきなんですね。くひひ♥やっぱりチョロいですね♥万象、宇宙を埋め尽くす法を流れ出す存在、つまり神である私と、唯人であるあなたたちではやっぱりレベルが違うんです。……むかつきました?傲慢ですよね?でも、わからせられないですよね?♥」


・調子こきすぎだろこのメスガキ……!!!

・厨二属性まであるのかこのメスガキ……

・神を自称するとか痛々しすぎて可愛い

・実際異能の内容だけ聞くと、神は言い過ぎにしてもマジで異能バトル漫画のラスボスみたいなヤバさだから反論できない


「ですよね?♥私は最強……いえ、無敵の存在ですから♥あなた達のようなただのニンゲンとは格が違うんですよ♥」


・マジでラスボスみたいなこと言ってるな。めっちゃ強いけど主人公に論破されて惨めに倒されそうなタイプの


「フフン。私には世界を支配する野望もなければバトルジャンキーでもないので倒されません。何者も私をわからせることはできないんです♥」


 調子に乗っていた。姉以外とは上辺だけのコミュニケーションしか取ってこなかったから。楽しかったのだろう。

 初配信でチヤホヤされまくって満たされているという状況下において枷やタガが外れた今、完全に調子に乗っていた。

 誰にも今の彼女は止められない。……わからせない限り、止められない。もしかしたらとんでもない舌禍事件を起こすかも知れない。

 今でも本当に言ってはいけないことの線引はできているけど、本性は劣悪だから。

 調子に乗りすぎている今ならば、もしかしたらはずみで言ってしまうかも知れない。


 誰かがわからせられなければ本当に終わっていたかもしれない。……そう、そうなる『かも』しれなかったのだ。

 

・でも、無職期間の合計は相当長いですよね?人間としては僕らのほうが格上なんスよ


 その言葉は、さぬきの心をえぐった。気にしていたことだった。思わず負けを認めてしまった。

 そして、正気に戻った。


「……フ、フン。今日だけは負けを認めてやりましょう。存在として格上なのはこの私ですが、たしかに人間という生き物としては格下ですので。ケッ。せっかく気持ちよくなっていたのに冷水を浴びせないでくださいよ。自分がクソザコナメクジだと思い出しちゃったじゃないですか」


 言葉を発しているうちに必死で考える。

 本性をある程度晒してしまった今、もとの『一般的なメスガキキャラ』には戻れない。

 セリフを言い終わった直後の思考。

 ――今後、今回ほど調子に乗ることはないだろうから、本当に言ってはいけないことだけは良く考えて、『口は悪いけど意外と良い子なメスガキ』として生きていこう。これからの振る舞いはそれを意識する……。

 そう高速で結論づける。

 

 法律を破ったことはない。せいぜいが、どうしても急いでいるときに赤信号を走ってわたったことくらい。

 社会規範を破るような真似はしないようにずっと気をつけていた。

 己の性格が悪いのは身にしみてわかっている。不便だとは思うが、今更治す気はないし、これが自分だから治したいとも思わない。

 

 でも、それによって本当に他人が迷惑を被るならば駄目だ。

 居酒屋で働いていた時、バイトの子が上司に叱られていた時なんかはさりげなく自分にヘイトが集まるように振る舞っていた。メリットなんてないし、他人の苦しみを肩代わりしてあげたいだなんて聖人でもない。


 クズではあるし怠惰ではある。でも、真面目なのも嘘ではない。他人のことは嫌いだし、ふとした時に自分以外すべて滅びろと冗談交じりながらも半ば本気で念じてしまう。

 しかし、本当に迷惑をかけるのは嫌だった。

 迷惑をかけたことが他人に対する弱みになるかもしれないという思考もあった。

 それ以上に己のせいで傷つくのは良くないことだと思えるような、まっとうな善良さも持ち合わせていた。


『口は悪いけど意外と良い子なメスガキ』。そのキャラを演じるのは自分なら不可能ではないと思った。

 口の悪さをある程度表面に出さなければならないのと、メスガキという属性が難易度を高めていたが、基本的に周囲の人には善良な人間だと勘違いされていた。

 

 そんな自分が嫌いな人もいて、そういう人には本当はクズなのだとか思われていただろう。

 晴もさぬきが悪い子なのだということは知っている。本気でさぬきを愛してはいるが、性格の悪さに関してはちゃんと知っている。それだけじゃないとも思っていたが。

 信頼しているから本性をさらした。だから知っているわけだが、そうしなかったとしてもいずれは見抜いていただろう。さぬきの側から信頼してしまっていた以上、避けられない結末だった。


 でも、強すぎる偏見を持つ者や、肉体、精神ともに圧倒的に近しい存在でないと、気付くことはできないし、『勘違い』することすら不可能だ。


 二度目の破滅に追い込んだクレーマーのおじさんだって、途中からは正義感であの居酒屋チェーンを追い詰めたのだ。

 さぬきを哀れに思ったからというのも理由の一つだった。本性を知っていれば憐れむことはなかっただろう。


「(リスナーの距離感ならば、誰も私の真実には気づけないでしょう。ククク……踊れ、観客(しちょうしゃ)たちよ。万象、私の描く喜劇の中で。……流石に痛々しすぎますかね?先程も厨二と言われましたし、たまに出てしまうんですよね。クズさを隠すより、こちらを抑えるほうが難しそうです。まあ、こちらはキャラ付けとしては多少出る分にはいいんですかね?)」

 

 さっきまでハイになっていたからか、頭が高速で回る。

 そういう時、普通は必ず見落としがあるものだが、今回の判断だけは間違っていなかった。後から見直してもそう言えるだろう。


・ざぁこ♥ざぁこ♥ざこメスガキ♥

・わからせノルマ達成

・自分が低スペなのは自覚してたんだ

・低スペというか、得意分野と苦手分野がハッキリ過ぎてるんかな?

・でもマジでASMR配信は聞きたいです…どうか恵んでください…

・たしかに囁かれたい。脳溶けると思う


「……そんなにASMR配信に需要があるんですか?一応気の迷いで昔買ったマイクはありますが……私に囁かれて気分悪くなったりしません?容姿だけは常に綺麗なまま生きてきましたが、元はおじさんなんですよ?」


・普通に需要ある。声めっちゃイイし

・今美少女なら過去とかどうでもいいッス

・むしろ元おじさんだからこそ需要ある

・ぶっちゃけ元の姿の時点でくっそ可愛いかったんで問題ない

・元の姿で囁かれてみたいよ、ハッキリ言うて

・気の迷いでバイノーラルマイク買うな

・なければこんなに人集まってないし、そもそもこんなキャラ付けで配信しなかったでしょ?


「し、仕方ありませんね……。今度やってあげますよ。私の超絶テクで眠らせて差し上げましょう……!需要に応えてあげる私は最高に天才……いや、『神』すぎて困りますね♥」


・おだてれば服脱いでくれそうでかわいい

・もしかして、本当に自分のことを神様だと思ってるの?


「位階的には神の領域ですから。自覚がないととんでもないことになりますからね。自意識過剰とか以前に、神にも等しい力を持っているという自覚はないと人間社会ではやっていけないと思っています。……ぷぷぷ。もしかして、ただの中二病とか思ってました?そんな考えなしの馬鹿なわけないじゃないですか♥」


・冷や汗かいてるんですがそれは…

・まあ、あんな力持ってたら自覚はないと危ないかもしれませんね

・本当に考えなしのおばかじゃない?だいじょうぶそう? 

・元合法ショタ厨二病TSメスガキ美少女おじさん自称神

・属性過多すぎるな

・ラーメン屋の呪文かなにか?

・そのうち寿限無のように増えていきそう

・……ただの中二病じゃないんですか?


「こ、このくそざこリスナーどもめ……。むう。とにかく。そろそろ時間ですからそろそろ切ります……!不慣れな配信でしたが、付き合ってくださったくそざこさんには深く感謝申し上げます。今後は雑談配信、ゲーム配信、歌ってみた、ASMR配信、完全に趣味に振り切った動画など、色々やっていきたいと思います。頻度は少ないと思いますが、私の異能や第四段階に関する研究結果や私なりの考察なども話していければなと思っています。……では!」


・では!

・では!

・では!

・メスガキとしてその終わりの挨拶はどうなんですかね

・では〜


「……これからもよろしくお願いしますね、くそざこさんたち♥ではでは〜♥」

 

 そうして、初配信はかなり事故ってしまったものの、今後のあり方に関して方針を決めることもできた有用な配信となった。

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