第5話 天霧さぬきはジャンル違いを正したい

 それから二ヶ月ほど入院し、異能がどのような進化を遂げたか、どのようなチカラに変質したのかを軽く調べ、同時に女子としての知識を叩き込まれた。


 異能がある世界だから、今までにも覚醒を迎えて性別が変わった事例は三例ほどあった。

 だから、『今までの天霧さぬき』という人生を背負ったまま、『新たな天霧さぬき』として生きることが許された。

 戸籍上も女ということになったが、そこらへんもいろいろと融通が利くらしい。

 やろうとしていること的に都合よく融通を利かせられるのは嬉しかった。


 その後は、また四ヶ月ほど研究所で色々と調べてもらい……画期的なデータが取れたとかなんとかで大金をもらったりして、ようやく自由の身になった。


 研究所にいる間も、ちょっと変な女性がいろいろと知識を叩き込んでくれたので、女としての生き方は最低限理解した。

 元々、この体になった時点である程度わかっていたつもりだったが、甘かった。

 女として生きるのは大変だと感じた。


 とはいえ、異能のお陰で髪や肌の手入れがいらないというのは不幸中の幸いだった。

 なにもしなくても、綺麗なままでいられるから。

 ……この世の女性の殆どにブチギレられそうな体質だ。

 

 『キャラ付け』のために手入れも化粧もある程度ガチるつもりではあるが、そのどれもが本来いらないものであった。

 やはりブチギレられても文句は言えない。


「(久しぶりに人の多いところに来た気がしますが……落ち着きませんね)」


 TSしてからのこの期間、外に出ることはあったし、知らない人と合うこともあったが、ここまで人の集まる街に出たのは実に半年ぶりだった。


 今の格好は、見た目年齢の相応のファッションでありつつも、地雷系っぽい要素も入れた感じだった。

 さぬきは『メスガキ』として生きていくことを決めた。

 配信をやって生きていくのだ。どうせ再生数は伸びないだろう。一つくらい大きく伸びる動画はあるかもしれないが、単に見た目がいいと言うだけでは誰も見ないし、見られてもすぐに飽きる。

 メスガキ……いや、『メスガキおじさん』というキャラを貫き通したとして、それは変わらない。

 単に濃い味付けというだけのものは、すぐに飽きられる。コンテンツとして直ぐに消費されて終わるだけ。


 それでも良かった。視聴者が皆無ということはないだろう。誰かしらにはぶっ刺さる。確信していた。そういう人は、あまりにも酷いやらかしをしない限り長くついてきてくれる。同接100人くらいで落ち着くかな、それくらい行ければ御の字だな、それくらいの気持ちで、しかし長く続けるつもりで始めようとしていた。


 とはいえ、こんなファッションで街を闊歩するのは恥ずかしい。

 姉は置いてきた。いたらどうせ頼ってしまうだろうから。


 最近は無職だったとは言え、別に引きこもっていたわけではない。期間も特別長くはない。

 だから、なんとか適応して買い物を続ける。


「(けはは……対応が随分変わりましたね)」


 前の容姿の頃と比べて、対応が全然違った。

 前から飛び抜けた美形ではあったけど、所詮は小6の容姿。身長的にもっと小さい子だと思われていたかも知れない。

 初見時の対応は昔から良好だったが、今日のような対応はまずされなかった。


 理解した、中三ならばだいぶ違うのだと。

 そういう存在として意識するためのハードルがだいぶ下がる。

 普通の中三女子相手にそんな感情を抱いていれば、とんでもないロリコン犯罪者だが、さぬきの容姿は誇張抜きにしてぶっちぎりの世界一だった。


 だから、ハードルは更に下げられる。

 それほど可愛ければ、肉体年齢が中三であっても意識せざるを得ない。


 道行く人々も、息を呑んでさぬきを見つめていた。


「(気持ちがいいですね。ふふふ、これで跪いてくれでもしたら、もっと気持ち良くなれますが……流石に無理ですよね。つまらないですね。ケッ。役に立たない人たちです)」


 あまりにも人として終わっているその感想は、間違いなく本心だったが、照れ隠しも入っていた。

 実際、さぬきの頬は少し赤らんでいた。


 照れているのだ。その表情がまた、人々をドキリとさせる。


 それが気持ちよくて、ニヤリと少し腹が立つような笑みを浮かべる。


 それがまた……略。


 ループは流石にここで終わったが、間違いなくこの容姿は『使える』と判断した。


「(これで最初から女として生まれていれば、もっと集客できていたんでしょうね)」


『メスガキおじさん』という属性は、たしかに強力すぎるカードだ。だけど、同時に刺さる層が減るというのもよく分かるだろう。

 ここまで圧倒的に強力な容姿を持っているならば『合法ロリメスガキ』のほうが『メスガキおじさん』よりも、汎用性が高い分強力だ。

 だけど、30年以上男として生きてきて、女としては半年しか生きていない。

 常識がわからない以上、必ずボロが出る。元男というのはいつかバレてしまうかもしれない。

 

 いや、もう顔や軽い経歴がテレビに大々的に写ったりしているので、バレるバレないではなくこういうキャラで行くしかないのだ。


「(……そういえば、この中にも私の正体を知っている人はそれなりにいるはずですよね。私ほどの美少女の情報、一度知ったら忘れられるはずがありませんし)」


 そこでようやく気づいた。この場にも知っている者はいるはずだと。

 ニュースの類を全く見ない者でもない限り、どこかで必ず見ているはずだ。

 ネットでもかなり大きく話題になったのも知っている。

 どうしても容姿が第一に来てしまったが、本題である第四段階に至った者としてもそうだし、悲惨な生い立ちや覚醒条件が知られたからそこら辺の要素も未だに語り続けられている。


「(正体を知っていて、ネット上ではなくリアルで会って、それでもなおこんな反応をされるわけですか。……きひひ、ようやく優れた容姿を真っ当に活かせそうで滾ってきましたね。私をコケにしてきた社会、そして世界に、ようやく己の存在を叩き込める)」


 意地の悪い笑みは、心に押し止める。きっと、今笑ってしまったら本気ででわからせないといけないと覚悟してしまうほど悪い印象を与えてしまうだろうから。


「(第四段階に至った私は神仙。副産物として身体能力も跳ね上がりましたし、ちょっとした魔法みたいなのも使えるようになりました。この世界が異能バトルものだったら、ラスボスでしょうか。いいや、ぶっちぎり最強の中立キャラというところでしょう。私は私の生を日常系のノリにする予定なので、邪魔者が現れたらバトルすら起らないうちに排除する予定ですけどね。なんと言いましたか……どこかでぴったりなセリフを聞いたことがあるんですよね)」


 一瞬だけ考えると、直ぐに答えが出てきた。うろ覚えではあるが、意味は伝わるから良い。そもそも、独り言なので誰に伝えるわけでもない。


「(そうそう。『私の人生にジャンル違いがのさばっているんじゃない』。そういうことです。今までがおかしかったんですよ。ダークファンタジーや青年誌は私に似つかわしくありませんからね。社会なんてざこですよ。容易く煽り散らかせます。そう、この最高にプリティーで無敵の私をわからせることなんて不可能なんです!)」


 彼女は非常に調子に乗っていた。

 調子に乗ったメスガキは遠からずにわからされるのが相場だが……どうなるのだろうか?

 小物だから軽く言い負かされてわからされたりするのか、それとも強力すぎる異能がそのまま自信になって、何かで負かされても『わからされる』ということはないのか。

 答えはもうすぐ先だった。

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