第4話 しすたぁこんぷれっくす
「み、見ないほうが良いと思うよ?きっとショック受けちゃうと思うから」
「やっぱりなにか変化が起きているんですね?……性別が変わった、そんなところでしょうか?」
「う、うん。初めて今の姿を見た時はびっくりしたんだよ。それでも元の面影はちゃんと残っていたし、なにより姉弟……ううん、姉妹だからすぐにわかった」
「……ショック受けるとか言っていましたけど、もしかして見せられないくらい酷い顔立ちってことでしょうか?」
少し不安になってきた。女になったということ自体は受け入れられるが、不細工になるというのは受け入れられない。
今まで合法の超絶美少年として、容姿だけは常に評価されてきたのだから。そこでチヤホヤされなくなるというのは許せなかった。
「それはない!正直、飛び抜けすぎていて嫉妬心も覚えないくらいの美少女だよ。私がブラコンと言うか、今はシスコンというのを念頭に置いて、贔屓目抜きに見ても世界一可愛いと断言できる! でも……ショックは受けるかなぁ……?」
しかし、その言葉を聞いて口元をニヤニヤと歪める。
「ほう、世界一の美少女ですか。大きく出ましたね。それは楽しみですよ」
「……性別が変わったことに関してはあんまりショックじゃないの?」
「まあ、そうですね。あの小学生みたいな容姿じゃ、恋人が作れるわけでもないですので。選り好みしなければ彼女くらいは簡単に作れたでしょうが、そこらの理想は無駄に高いですからね。ならば、使い道のないモノがなくなったところでどうでもいいんですよ」
そこまで言って、さらに笑みを深める。意地悪で小憎たらしい笑みに思えた。
「それに、美少年より美少女のほうがチヤホヤされるというのはなんとなくわかりますから。その上で、世界一という評価されるくらいの美少女ならば……嬉しいまでありますかね?」
「へ、へぇ〜。流石にちょっとそこは良くわからないかも……。ただ、それでもショックは受けると思うよ?覚悟は良い?」
「そこまで言われると流石に怖いですね……ですけど、いいですよ。なんて言ったって第四段階は神仙羽化とも呼ばれる境地ですから。私の覚醒条件的に、神に等しいメンタルも同時に手に入れているんでしょう。……お願いします」
「……じゃあ、見せるね?」
そう言って、晴は手鏡を取り出してさぬきに手渡した。
それを覗き込むと……。
「これはたしかに、そこまで言われてもおかしくないですね。私的には全然オッケーなんですが、たしかにびっくりはしました。……は、ははは」
生まれつきの銀髪と赤い瞳。白くて傷一つないきれいな肌。
吸血鬼というあだ名を付けられたこともある元の面影を強く残しながらも、中三くらいまで成長した顔つき。性別の違いというのは強く感じたが、元の自分があのまま成長して、そのままTSしたらこうなると言われたら納得してしまうような顔立ちだった。
だけど、そこよりもっと気になるところがあった。
……ニヤニヤとした煽っているかのような表情。全身から香り立つ生意気そうな雰囲気。そして、総てを舐め腐っているかのような目つき。
完全にメスガキとしか言えなかった。
更に言えば、さぬきの本性はかなりワガママかつ生意気であった。
昔は太陽のようにさわやかで、誰とでも仲良くなれるような少年だった。
事件が起きて、いろいろあって、思い詰めて、暗い性格にはなった。
でも、ワガママで生意気というところだけは終始一貫して変わらなかった。生まれてから今に至るまでずっと。
社会でやっていくために己を押し殺そうと頑張った結果、必要以上に本性を押し殺すことはできるようになったが、その分性格は更に悪くなった。
一人でいる時は、ワガママで生意気な性格は強く出ている。
――これでは完全にメスガキそのものではないか!
自分自身だと言うのに、思わず社会の厳しさを教えてわからせたくなってしまった。
そんなもの、とうに知っているから意味なんてないというのに。
「……こうして話していて、ニヤニヤした顔をぶん殴ってわからせたいとか思ったりします?」
「そんな酷いことするわけないよ!したいとも思わない!」
「でもでもぉ?ホントはムカムカしちゃうんじゃない?別に殴りかかってきてもいいんだよ♥くそざこなハル姉にはそんなことできないだろうけど♥」
なんもなく、舌っ足らずな喋り方をしてみた。メスガキ的な喋り方も混ぜてみた。意外なほどにしっくり来た。
流石に普段の喋り方の方が慣れているし、しっくりとくる。だけど、こちらはこちらで自然体で喋れた。
コレが今の体における本性なのかも知れない。
この容姿になったことで、今後やりたい仕事も一応決まった。
それによって食っていけるような額を稼ぐことはどうせできないだろう。
しかし、どうせ第四段階に目覚めた時点である程度研究に協力することは確定している。
目のくらむような大金も得られるだろう。
ならば好きなことをして生きていきたい。これは、その仕事において武器にしたいものがちゃんと生きるかの確認だ。
「……今のはちょっと、ううん。かなりわからせたくなっちゃったかも。でも、殴るとかは絶対にしたくないかな。……後で、覚えておいてね?別の方法でわからせてあげるから。こうして煽ってきた以上、もう逃げたりはさせないからね?血がつながっているから、流石に嫌だろうなって思ってた。だから、こっちがずっと我慢していたっていうのに……わかるよね?」
しかし、思っていた以上に煽れていたようだ。
この場合のわからせとは、そういうことなんだろう。
「え?……あ、いや。今のはちょっとした出来心と言うか……。ハル姉だから冗談として通じると思ってやっただけなんです。……スミマセン」
あまりの事態に、あわあわしながら謝った。
「うん、それで良し。反省してる顔がさっきまでとギャップあってすっごくカワイイから許してあげるよ」
すると、晴は普段通りのにこやかな表情に戻ってそう返す。冗談だったのだろう。
「……本当にスミマセン。からかいすぎました」
「まあ、たしかにからかいすぎだったね。思わず本音まで言っちゃったし」
「……本音?」
なにか聞きたくないことを聞いてしまった気がした。しかし、聞かないと後悔する気がした。
思わず聞き返してしまう。
「姉弟の関係だったから、ずっとそういう気持ちを我慢してきたってのは嘘じゃないってこと。……もしかして、気づいてなかった?」
「そこまで含めて冗談なのかと……」
「そう。まあいいや。言ってスッキリしたし。うん、私はさぬきくん……ううん、さぬきちゃんのことを姉としてだけじゃなくて、恋愛的な意味でもずっと好きだったの。女装させて、恋人としてデートしたい、ちゅーもしたい、『そういうこと』もしたいってね。だから、さぬきちゃんが今の体になったんだと気づいた時は、すっごく心配だったけど同じくらい嬉しかったんだ」
更に聴き逃がせない単語が出てきた。
恋愛的に意識しているというのはこれまでの会話でわかっている。
でも、女装させたい?自分が女になって嬉しい?……今まで感じたこともない姉の闇を見たことにより、強くビビっていた。
「そ、そうですか……。想いに応えられるかはわかりませんが、考えておきます。……考えておくだけですからね?あまり期待はしすぎないでくださいよ?答えるまでに他の人と恋人になったり結婚してもいいです、恨んだりはしません」
とりあえず返答は先延ばしにすることにした。
怖いとか、気持ち悪いとかそういう気持ちもあるにはあったが、唯一信頼する他人である以上、強く強く依存しているのは確かだから。そんな相手にここまで言われて嬉しくないわけがない。
正直なところ、小躍りしそうなくらい嬉しかった。
だけど、そんな唯一の人だからこそ、自分なんかを選んでほしくないと思ってしまった。
自分の取り柄といえば、至高の美しさを持ちつつも致命的に幼い容姿と、血という絶対の繋がりだけ。
もっと良い人はこの世に溢れているだろう。
女色の趣味があるのだとしても、自分以上の物件は確実に見つかるはずだ。
「大丈夫だよ。ずっと待ってる。お互いに、時間は余るほどあるからね。焦らず決めていいよ。……でも、私もその間さぬきちゃんに何もしないわけじゃないからね?」
そう言って優しく微笑む様を見て、下腹部に甘い痺れが走ってしまった。
初めての感覚に戸惑いたかったが、悟られてはならないとわかっていたので隠し通す。
己の心を隠すのは得意だ。本気で隠したら、誰よりもさぬきを知っている晴であろうと見抜けない。
姉のためにも、隠し通そうとしていた。実際、バレはしなかった。盤面にはなんの影響も与えなかったが。
たしかに晴の年齢はオバサンと言えるようなものだったが、肉体的には永遠に全盛期のままなのだからむしろ需要は高い可能性すらある。二次元ならともかく、リアルの世界での『そういう世界』に関してはまったく知らないので、想像でしかないが。
だけど、そんな抵抗は無意味だった。
遠くないうちにさぬきは姉に絡め取られることになる。
それは言い訳の理屈をひねり出してむりやり並び立てているさぬき自身が良くわかっていた。
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