第2話 最後の夜に無職は嘆く

「死にたいですね。……やっぱ死にたくないですね。意地でも死んでやるものですか。……私以外の全生物が滅びませんかね」


 天に唾吐くような言い慣れた戯言を口にした。そして、直ぐに俯く。


「とはいえ、そろそろここらが限界ですかね。それも悪くはない。それで何かが好転するとも思えませんが、もしかしたらチートなチカラに目覚められるかもしれませんしね。……異能強度的に、今回は本気でとんでもないチカラが来そうですね。どうしましょう。不老から不老不死にでも進化してしまったら」


 死ぬ気はない。自殺する気もない。だが、精神力の限界がすぐそこに訪れているのは感じていた。予兆があるのだ。デジャブっていた。


 そう、かつてのように。 

 中学生の頃、地獄のようなイベントが立て続けに起きて、でも気丈に振る舞っていたある日。

 ……精神力の限界が来てしまった。


 姉と会話しながら夕食を食べている時、なんだか最近は妙な耳鳴りがするなと思っていたら、バタンと糸が切れたように倒れた。


 そして、次に目覚めた時には一週間が経過していた。


 体がダルくてうまく動かせなかったのもあっただろう。それが今のダウナーと言うか、壊れたさぬきの始まりだった。


 しかし、本題はそちらじゃない。

 復活した時、異能強度が跳ね上がっていた。


 『特殊体質』、『固有能力』。西暦2000年、150年前までは空想上のチカラとしか思われていなかった超常のチカラ。総称して『異能』。


 そんな特別な力を彼は生まれながらにして持っていた。

 当初は『特殊体質』に分類される力だった。


 千人に一人ほどの確率で生まれる超能力者。そんな特別な存在として生まれてきたはいいものの、基本的に異能というのは『定命破壊(レコードブレイク)』という覚醒を経ないと大した力にはならない。


 第一から第四までの四つの段階があり、皆第一から始めることになる。

 各々、なにがしかの条件を満たせば次の段階へ進める。

 それは検査で明らかになるようなものでもないし、普通わからないだろという条件や、満たさないほうが幸せに生きれるよな、なんてものも多かったりする。

 なんなら、前提条件が狂いすぎていて何が起ころうが無理というものもあった。


 さぬきの場合は明瞭だった。……それは己の精神を壊す直前まで追い込むこと。


 それを知ったのは、目が覚めてしばらく経ってからのことだった。

 流石に次はないだろうと思った。

 段階が進むごとに条件が難しくなるということを知ったから。

 副産物として、高すぎる発狂への耐性を手に入れた。

 普通なら狂うようなストレスがかかっても、容易く次の段階には進まない。

 

 ――死を遠ざける異能。狂うことも死ぬことも許されないのだと悟った。


 だが、さぬきが『定命破壊』を起こしたのはその一度だけではない。


 その後すぐにまた起こったのだ。

 理由はおそらく、どんなに辛くても逃げられないということに絶望したから。


 そして、彼は若くして第三段階……魔人の領域に足を踏み入れた。

 魔人と言っても戦闘用の異能ではないし、そもそもそんな異能はほぼ存在しない。

 とはいえ、人を超越した領域に足を踏み入れたことをすぐに悟った。


 体調が気持ち悪いくらいに良好なのだ。毎日毎日、飽きることもなく。

 ちょっとした傷なら刹那で完治(わすれちゃう)し、就職してからは本気で驚くようなこともあった。

 

 さぬきの容姿にほだされたストーカーの女性が、突然刃物で彼の背中を突き刺した。何度も何度も刺突した。

 ストーカーは自らが起こした凶行が今更怖くなって、警察と救急車を呼んだ。

 今更遅い。なんてことをしてくれたんだ。


 そんな思考がぐるぐると頭を巡った。

 ……しかし、何故か意識が途切れない。

 尋常でない痛みもいつまでも続いている。だけど、こころなしか徐々に弱まってもいた。


 刺されてから数分、救急車で運ばれて緊急手術と相成る前、こりゃおかしいと思った医師が、布で隠していた患部を見てみると……見た目の上ではほとんどきれいに治っていたのだ。

 未だ痛みは残っていたが、先程までの激痛と比べるとだいぶマシ。


 どうすればいいのか、あまりの異常事態に医者たちも右往左往していた。


『ククク、私のように役に立たない奴らですね』


 そんな軽口を心のなかで叩いていると、痛みが完全に引いていた。


 めった刺しにされたというのに、たった数分で完治してしまったのだ。

 精密検査もしてみたがやはり異常はなし。それどころか不自然と言えるほどに健康だった。『いつもどおり』ではあるけども。

 第三段階とはそれほどまでにぶっ飛んだ力だった。


 しかし、どうやらそこでは止まらずに次の段階に進むことになるようだ。かつて二度感じた前兆が来た。

 第四段階に至ったものはこれまでに誰もいない。

 第二段階ですら特別珍しいのだ。第三段階に至ってはこの世にはほとんど存在しない。

 その更に上。第四段階というのはもし至ったものが現れたときのために、仮に用意している位階に過ぎない。


 だが、あるようだ。次が。


「……ッッ。思わず意識が飛びかけましたよ。いや別に、飛んでも良いんですけど。……って、あ」


 そんな軽口を叩いていると、一瞬だけ全身が燃え盛るような激痛が走って……意識は完全に刈り取られた。

 

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