無職厨二不老メスガキTS娘による配信道!
小弓あずさ
第1話 終わる世界
――肉体が変化した。
それはわかった。美少女になったというのならばそれも受け入れよう。
男ではなくなってしまったというのは辛いけれど、美少女ライフというのはそれで楽しそうだったから。
だが、姉はなにか言いづらそうにしていた。
なにか、致命的な変化が起きたのではないか?姉から借りた手鏡を覗き込む。
生まれつきの銀髪と赤い瞳。白くて傷一つないきれいな肌。
吸血鬼というあだ名を付けられたこともある元の面影を強く残しながらも、中三くらいまで成長した顔つき。性別の違いというのは強く感じたが、元の自分があのまま成長して、そのままTSしたらこうなると言われたら納得してしまうような顔立ちだった。
だけど、そこよりもっと気になるところがあった。
……ニヤニヤとした煽っているかのような表情。全身から香り立つ生意気そうな雰囲気。そして、総てを舐め腐っているかのような目つき。
「(……メスガキじゃないですか!)」
思わず、嘆きたくなってしまっていた。
〜〜〜〜
「……はぁ。私はこれからマジでどうすればいいんですかね」
暗い部屋の中、パソコンに向かって一人の少年が独り言を吐いていた。
いや、少年ではない。容姿こそ絶世の美少年に見えるが、その実態は金もなければたいした技能もない、高卒無職の合法ショタなおっさんであった。
実態を知らなければ絵になるかもしれない。……が、中身はご覧の通りなんの取り柄もない無能中年。
更に言えば性格も悪い。
「こうなったのもあの屑のせいですね。なんか突然とんでもない事が起きて私のレベルに落ちてきたりしませんかね。まあ、もう死んでるから落ちることもできませんけど。さっさと死刑にするより、私のレベルに落とすという刑を執行してほしかったもんですよ。ケケケケ」
クソみたいな戯言を垂れ流しながら、安酒を飲む。
……彼の人生が狂った元々の原因は、彼自身にはない。
ここまで落ちぶれたのは間違いなく彼のせいでもあるし、自業自得だと言う人もいるだろう。だが、同情できる理由もある。
キツすぎる境遇に思わず憐れんでしまうかもしれない。
小学校を卒業した頃、中学一年の四月序盤までの彼は無敵だった。
勉強では八十人ほどいる中で学年ギリ一桁くらいなら軽く狙えるくらいにはこなせたし、スポーツに至っては、地元にある全国トップクラスの硬式リトルシニアから熱烈に誘いをかけられたりもした。優秀なベースボールプレイヤーだった。
短距離走、長距離走、ともに学年一位がデフォでもあった。
あまりにも特別な才能を持っていたのは誰もが、自分自身すらも認めるところで、あとは身長さえ伸びれば将来はプロ入り、いや一流プロ野球選手も夢ではないと言われていた。
この現状を、あの頃から一切伸びていない149cmのとんでも身長……というか成長も劣化もしていないびっくり過ぎる肉体を見るに、才能は有り余っていたとは言ってもプロ入りどころか高校まで続けていたかすらも怪しい。
だが、当時はいつ身長が伸びるかと不安になったりもしたけど、それ以外は憂うことなど一つもない才気煥発な子供だった。
誰からも愛され、どんな人とでもすぐに友だちになれる太陽のような人柄だった。
だが、そんな楽しい日々に突如として終わりが告げられた。
利き腕であった右肩に激痛が走ったかと思えば、父親が通り魔に刺され死亡し、そんな父親に深すぎる愛情を抱いていた母親が子供をほっぽり出して後追い自殺。
――彼の目の前で『弱くてごめんね。でも、私の世界は壊れちゃったから。あの人と同じところに行かせて』とだけ言い残して自殺したのだ。
あまりにも残酷。取り返しのつかないことをしでかしてしまった。
かけられた言葉は一字一句、残さず覚えている。
それらはすべて同じ日のことだった。
しばらくのち、家族の関係が落ち着いた頃の話。
肩はちょっとした手術をすれば痛みはかなり取れるし日常生活も違和感なく送れるようになるけど、投げれるようにするには大金がかかるし成功率も高くない手術をしなければならないと知らされた。
泣きっ面に蜂だった。
あんまりにもあんまりな事件が起きたことにより、彼は殻に閉じこもるようになった。
一日中部屋の中でゲーム三昧、面白い動画をあさり尽くす。
やることと言えば、暇つぶしに軽い料理を作ったり、皿を洗ったりする程度。あとはせいぜい自室の掃除くらい。
そんな期間は半年以上続き、その間学校に行ったりは一切しなかった。
不幸中の幸いとして、父が残した遺産がかなりの額だったのと、当時ちょうど大学を卒業して新社会人となっていた姉が色んな面を支えてくれるという環境があった。
とはいえ、中学一年生の子供が背負うにはヘビーすぎる現実。
現実を受け入れるのが難しくなり、頭にモヤがかかったような状態が続き、思考するのも億劫だった。
学校に復帰してからは、かつての活発さは影も見えなくなり、テストの順位なんかもそもそも予習復習する気力自体がなくなったことにより大幅下落。赤点ギリギリの成績となってしまった。
スポーツだけはそれなりにこなせるけど、得意の野球はもう諦めざるを得なかったし、身長も全く伸びないのでそのうち苦手分野だと意識するようになった。
その後、自堕落な生活を送りながらもなんとかメンタルは回復していき、性格は致命的に歪んでしまったものの頭にかかったモヤのようなものも晴れた。
精神的な病だったようだ。なんとなくネットで付けたうろ覚えの知識のせいで、こういうクリニックの薬を飲みたくないと思っていたのもあり、治療薬を飲んだりはしなかったが、結局回復することはできたから問題はなかったのだろう。
……だが、彼はその時自堕落な生き方は楽なんだということを学習してしまった。
一度レベルが落ちたとはいえ、勉強に関してはその気になって頑張ればまだまだ上は目指せた。
なんなら、スポーツに打ち込んでいた時間を勉強に回すことでかつてより上を目指せたかもしれない。
だけど、彼は上を目指すことを諦めてしまった。
人生、楽することが一番。
そう認識し、しかし底辺校に入学するのもプライドが許さなかったので、なんとかそれなりの高校に入るために受験時だけ猛勉強し、その後は元通り自堕落。赤点を取らない程度に手を抜く……ちょうどよい自堕落もその頃覚えた。
大学受験も目指そうとしたが、当時の彼には働く気がなかったから流石に無駄遣いだと思って辞めた。
高校卒業後は同じく不老の力を持って生まれた姉に養われ、ひたすら甘やかされながらニートをしていたものの、そのうち流石に危機感を覚えて働き始める。
働き先はブラックな居酒屋だった。
自堕落が好きな彼にはあまりにも向いていなかったが、低スペへと落ちぶれた彼にはまともな働き先はない。
気力はなくても体力だけは人一倍あったので、そこでずーっと働き続けた。
あまりにもキツイ業務だったし、今の時代としてはありえないことに、バイトのシフトを埋めるために正社員が行うサービス出勤まであった。
それでも金払いだけは良かった。サービス出勤なんてものがある時点で疑問符は浮かぶが、彼のスペックで得られる賃金を大きく超えていたのは確かだ。
普通なら寿命を大きく削られ、精神も壊されていたのだろうが……気力こそ皆無であっても無尽蔵の体力を誇っていた彼の肉体には非常に良く合っていた職場だったかもしれない。
死んだ目をしながら働き続ける日々だったが、ある日、さらなる人生の転機が訪れた。
『なんで小学生が居酒屋で働いてるんだ!?どうなってんだゴラァ!』
そうクレームをつけた客がいた。
見た目で言えば明らかに場違いだから、クレームを入れられるところまでは割とあることだった。
今の時代、不思議なことが起きてもよほどぶっ飛んだことでもない限りそういうこともあるよね、で済まされる時代だ。
この合法な見た目もそのうちの一つ。
あまり聞かない特徴ではあったが、絶対に有り得ないと言い切ることはできない。脅威の回復能力の方はあまりにも便利すぎて疑うものもいるだろうが、不老というだけならば説明さえされたならば99.9%の人間が『そういうこともあらぁね』と納得する程度の特異体質、あるいは超能力だった。
それでもありえないことだと認識する人もたまにいた。
それでもクビにせず使い続けてくれる職場に感謝していた。キツイ仕事とは言え、自分を受け入れてくれたのだから、その分は働きで返していた。
……実際はクレームが来まくるとは言え、どんな内容でも文句言わずに働いてくれる都合の良すぎる奴隷を手放せなかっただけなのだが。
しかし今回のクレーマーは粘着度が違った。
実年齢を教えても信じない。
都市圏だったし車はあまり必要だと思っていなかった。それに、ニートしていた時期に取っていなかったので免許はなかった。
だけど、今どき身分を証明する物理カードや電子カードは免許証以外で誰でも携帯している。
内容を偽装したら犯罪だから、そんなことは普通しない。
なので、それを見せたら納得するかと思った。そして見せたが……やはりダメ。
一度信じ込んだら他の可能性を疑えないタイプだったのか、引っ込みがつかなくなっただけなのか……。
だけど、クレーマーへの対応は慣れている。10年以上現場で働いているから、今回も口先三寸で踊らせられる……はずだった。
……だが駄目!クレーマーは異様な執念を見せ、このチェーンの闇の証拠を手に入れて、世間にバラまき、その後騒動の発端となった彼は自主退職を促され、そのままフェードアウト。
ちなみにそのやり口も問題となり、大いに燃えた。というかそのクレーマーが燃やした。
とてつもない執念の持ち主もいたものである。
ゴミはゴミ同士潰し合って綺麗サッパリなくなればスッキリしたのかもしれないが、クレーマーのほうはしばらく英雄扱いまでされていたから気に入らない。
まあ、周囲の人間からは相当嫌われていたようでかつてやらかした難癖や舌禍事件などを掘り起こされてぶっ叩かれる羽目になったから両成敗なのかもしれない。
が、結局一番振り回された彼は退職金も、慰謝料も得られないばかりか、その月の給料すらも払われないまま有耶無耶にされたから救いようがない。
そして現在、『天霧(あまぎり)さぬき』34歳は無気力にダラダラしていた。
必死こいて働いて貯めたお金も尽きかけている。
金払いだけは良かったから、食事だけは普段から良いものを食べていて、その生活レベルを戻すのに時間がかかったのも要因だろう。
姉とはとっくに疎遠になっていたし、性格の悪い彼にしては非常に純粋に深い感謝をしているので、今更スネをかじるのはプライドが許さなかった。
だが、働く気力はあまり残っていなかった。
これ以上無駄に生きて苦しみたくない。だけど自殺するのは痛そうだし、母親のそれが未だにトラウマだからする気もない。
かと言って、苦しまずに気づかないうちに死ねるとしても死後の世界がどうなっているかとか益体のないことを考えて怖くなるからそれも嫌。
理想は昏睡状態のまま意識が戻らず、しかし生命維持は簡単な状態に置かれて無理矢理永遠に生かされるという状態だった。
それならば死なないし、思考もする必要がない。
彼……さぬきは不老だから、肉体が劣化するということがない。
酷い裂傷を負っても二、三日で治る。疲労骨折や体の不調なども無縁だ。そして、その治癒力には限界がない。
細胞分裂には限界があるだとか、心臓が起動する回数は生まれつき決まっているだとか、そういう話を聞いたことがあるだろう。
それは現代の医学ではある程度解消できたが、完全に克服することは出来なかった。
しかし、さぬきの治癒能力にはその限界を超えた働きを期待できる。
その昔肩を壊したのも『特殊体質』、あるいは『固有能力』とか呼ばれるそれが完全に目覚めていない時期だったからすぐに治らなかったのだ。その時はまだ、不老のみが特性として現れていた。
だから、治りは非常に遅かった。不老とはいえ、身体能力は23の頃まではちゃんと伸びたし、劣化なんてしていない。
鍛えれば、ある程度までは身体能力もガンガン伸びるだろう。
不老の特性のせいで身長があまりにも足りなすぎるから、競技に復帰することはないだろうが……。
それでも、今では完治している。
病気にも非常に強く、高校生になって以降は風邪すらひいたことがない。
常に健康体だった。
素の体力バカに加え、再生能力が組み合わさることでとんでもない燃費も実現している。
一日中働き詰めでも、三時間寝られれば体力は全快してまた働ける。
気力もモチベも持たないし、脳はちゃんとリフレッシュされるとは言え精神的な疲れは蓄積していくので、飯と趣味の時以外は常に死んだ目をしながら奴隷として生きていた。
それももう、今では懐かしく感じる。
たしかにキツかったし上司のあたりも異様にキツかった。洗脳のような社歌を歌わされるのは本気で簡便だった。だけど、今は少しだけ戻りたいとも思ってしまった。
……彼は寿命も超越した存在だ。
死ぬとすれば事故だとか、父親のように通り魔に殺されるだとか、母親のように自ら命を断つなんて方法しかないようだった。
癌になる可能性すらゼロ。抗体を持っていない死病に感染したって、死ぬことはまずない。
核を打たれたって、ミサイルが直撃したら流石に死ぬけど、環境汚染や遺伝子異常ならすぐに克服できる。
事故にしても、当たりどころがよほど悪くない限り、奇跡の生還を果たす可能性が高い。
自殺にしても、生半可なやり方じゃ死ぬほど苦しみもがいて結局死ねない。メリットとして、何度失敗しても後遺症が絶対残らない事が挙げられるが、比較的ラクな方法はだいたい潰されているし、厭世観が限界マックスとは言えども死ぬ気なんてハナからないので試す気も起こらなかった。
あまりにも地獄に近い人生。それを終わらせる勇気もなく、かと言って生き続けるのもそろそろ限界。不運な事故に期待するのも難しい。
……そう、限界が来ていたのだ。
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