第38話 一言

犯人との格闘のあと、孤児院の人に手当てをしてもらいロウが来るのを待つ。犯人はロープを借りて縛ってある。ハイルは抜け殻のように大人しく座っていた。


「おや。これはトーカに怒られるな」


やって来たロウは俺の腕の傷を見て、こともなげにそう言った。


「あの、ハイルの様子がおかしいんですけど」


俺の腕はともかく、完全に生気の抜けてしまっているハイルが気になる。


「ああ。これはまた盛大に壊れてるね」

「壊れ……大丈夫なんですか⁉︎」

「いや。これは復活するまでかなりかかるだろうね」

「そんな………」


協力者云々を抜きにしてもハイルの様子は心配になる。


「俺、何かしてしまったんでしょうか。子供の頃の話をしたら少し様子がおかしくなって。あの子達の前で犯人を殺そうとするから、何考えてるんだって言ったら動かなくなってしまって」

「なるほど。それがハイルの一言だったのか」

「一言?」


ロウは俺の疑問は無視して孤児院の人達の所へ行ってしまった。今回の経緯や巻き込んでしまったことへの謝罪を伝えている。




全てが終わるとロウがトーカの元に送ってくれると言うので車に乗り込んだ。助手席に座る俺の後ろではハイルが静かに座っている。


「さて、今回の依頼は成功だ。私は君の協力者になろう」

「え?」


成功?ハイルを仲間にするどころか、こんな状態にしてしまったのに。


「ハイルがこんな状態なのにって顔だな。いいんだ。彼を人形から人間に戻してくれたんだから」

「人間に?」

「………私は以前はヤド担当の付き人だったんだ」


話が急に変わる。混乱している俺を気にもせずロウは話を続ける。


「トーカの妹の担当でね。その頃の私は教会に言われるがまま。何の疑問も持たない人形だった」

「人形……」

「彼女の最期に立ち会った時も何の感情もなかった。でも彼女の満足そうな笑顔を見た時、何かが壊れた。いや、蘇ったのかな。私は何をしてしまったのだろうと後悔の念が生まれたんだ」


トーカと同じだ。2人とも心を殺されて生きていたんだ。


「トーカに彼女のことを話したのは本当に八つ当たりだったんだ。兄のくせに何してるんだって。嫌われて当然だ」

「それは……」

「そこから私は教会に属しながら、自分と同じような人の心を取り戻そうと動いた。そこで知ったのがハイルだった」


ハンドルを握る手に力が入る。ロウは悔しそうな顔をしている。


「彼は5歳で教会に連れてこられてからずっとヤドのため教会のためと言われ続け、何も考えない殺人人形にされていた」


彼を人形にしたのは何なのか。その答えはとても残酷なものだった。


「誰か1人でも、一言でも、彼に孤児院の頃の話を聞いたり優しい言葉をかけてあげれば、彼は人のままでいられたかもしれないのに。でも誰もいなかった。私が会いに行った時にはもう誰の言葉も届かなくなっていた」

「でもハイルは孤児院の話をするとき優しい顔をしてました。子供達のことも助けてくれた。犯人を気絶させて、子供達の心に傷が残らないように考えて」


ロウが驚いた顔をする。少し考えて、納得したように話しだした。


「そうか。彼は孤児院で下の子の面倒をよく見ていたらしい。自分より小さな者達のためというのが、彼の心を動かす一言だったのかもな」


ハイルの心が少しずつでも戻ればいい。これまで犯した罪に苦しむことになるかもしれないけど、それでも人として色んなことを考えてほしい。


「なぜ俺に今回の件を依頼したんですか」

「そうだな。君に会ってからトーカがよく笑うようになったんだ」

「は?」

「教会を出てからの彼は自分を追い詰めるように仕事をし続けていた。心の半分はまだ戻ってないように見えた。それが君に出会ってから、まあ人間くさくなって。笑ってしまうくらいだ」


ロウは愉快だと言わんばかりの笑顔で話す。


「そんな君ならハイルの心も動かせるんじゃないかと思ったんだ」

「俺にそんな凄い力はありませんよ」

「どうかな。自分では気づかないもんだ」


まだ愉快そうに笑うロウに、どうしていいかわからない。


「あ、でも一つだけ言えることはあります」

「ほう。何かな」

「トーカはあなたのこと嫌ってないと思いますよ。自分の気持ちを隠そうとするあなたにイライラしてるだけだと思います。俺もトーカにそうなる時があるからわかる」


ロウは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。次の瞬間大笑いする。


「はっはっは。やっぱり君は凄いよ。トーカは大変な相棒を手に入れたな。苦労しそうだ」

「苦労してるのは俺のほうです」


ロウがもう一つ大きな笑いをした時、車が目的地についた。




初めにロウに会った教会でトーカが待っていた。俺の腕の包帯を見て顔を顰める。


「トーカ、あの………」

「この度はヒスイ君に怪我をさせてしまい申し訳なかった」


ロウが綺麗な角度で頭を下げる。トーカは驚きで言葉を失った。


「だが彼のおかげで私の仲間が救われた。言葉にできないほど感謝している。ありがとう」


トーカはまだ復活しない。俺は少し面白くなってワクワクしてきた。


「協力者の件は喜んで受けさせてもらう。必要な時はいつでも呼んでくれ。それと………」


ロウは肩を組んで俺を引き寄せる。ニヤリと笑ってトーカを指差した。


「お前に心配されるほど私は落ちぶれてない。素直でないのはお互い様だ。お前はお前の大切な人の心配をしろ」


堪えきれずに吹き出してしまう。トーカは全く意味がわからないと戸惑うばかりだった。




「あまりヒスイ君に心配をかけるなよ。お前には勿体無いくらいの相棒じゃないか。大切にしろ」


別れ際、まだ戸惑いが抜けないトーカにロウは笑いが止まらないようだった。


「あの、ハイルはこのあとどうなるんですか?」


ハイルは車で静かに座ったままだ。


「教会を抜けさせてどこかで静養させる。少しずつでも自分と向き合っていけるように。大丈夫。ここからは私の仕事だ」


力強く約束される。きっとロウなら良い結果にしてるくれるだろう。俺は信じることにした。


「そうだ。一つお前達に言うことがあったんだ」


ロウが真剣な顔になる。空気が急に重くなった。


「ヒスイ君に執着しているジンという男だが。10年前起きた事件の遺族が同じ名前なんだ。テラスタワーについて知った下級貴族の夫婦が殺された事件。その夫婦の息子がジンという名前だった」


思わぬ所でジンの情報が出た。


「その息子は事件のあと行方不明になっているんだが、歳も情報と近いし何か役に立てばと思ってな」

「ああ。ありがとう。助かるよ」


そのまま別れを告げてロウは車で去って行った。俺とトーカは黙ってそれを見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る