第37話 思い出して

「ハイル。今日の任務でお前に同行するジェイドだ」

「ジェイドです。よろしくお願いします」


ロウに連れてこられ、俺は教会の支部にいた。神父の服に身を包み、顔をベールで隠して新人としてハイルに紹介されている。いや、声とかでバレないか普通。


「そのベールは何です?」

「孤児院で酷い虐待を受けてね。顔に傷があるんだ。まわりを怖がらせてはいけないから隠してるんだよ」

「そうですか」


ハイルに疑う様子はない。と言うより他人に興味がなさそうだ。


「ジェイドと言ったか。今日はこの近くで教会から盗みを働き続けている不届き者を探しに行く。足を引っ張るなよ」

「はい」


そのままハイルと街にでていく。ロウは軽い感じで手を振って見送っていた。




街を歩く。ハイルはずっと無言だ。早歩きのような速度にせっせとついて行きながら話しかける。


「探すと言ってもアテはあるんですか?」

「ここ数日の被害から、だいたいの予測を立てた。まずはそこへ向かう」


また無言になる。耐えきれずに話しかける。


「ハイルさんは何で教会に入ったんですか?」

「5歳で孤児院から引き取られた。以来、ヤド様に忠誠を誓っている」


ヤド様。そう言えば、ヤドを狂信にも近い感じで慕ってたな。


「ヤド様への忠誠心は一番だと聞きました。なぜそこまでなれるのですか」

「そうあるべきだから、そうしているだけだ」


そうあるべきだから。

トーカの話を思い出す。何も考えない。何も選ばない。人形のように生きている。

子供を手にかけることすら厭わない。彼をそんな人形にしたのは何なんだ?


「孤児院にいた頃はどんな子だったんですか?」

「……もう忘れた」


急に歯切れが悪くなる。思い出したくないのだろうか?


「ついたぞ。次はここが狙われる可能性が高い」


視線の先には大きな教会。横に孤児院も併設している。


「物陰に隠れて様子を伺うぞ」




近くの茂みに隠れて教会を見張る。

真剣に仕事をしないといけないのに、どうしてもハイルのさっきの態度が気になってしまう。


「あの……俺は孤児院で酷い扱い受けてたんですけど、ハイルさんもそうだったんですか?」

「…………」

「あの、嫌なら話さなくてもいいんですけど」

「………違う」


いつもの淡々とした話し方ではなく、迷うような感じでハイルが話しだした。


「私のいた孤児院は温かいところだった。先生は厳しいが優しくて。年下の子を泣かして怒られたこともあったけど、いつも後ろをついてくるあの子達が可愛かった」


まるで別人のようだ。ハイルの鉄仮面が無くなって、優しい表情になっている。


「来たぞ」


また仮面が戻ってしまう。

教会に視線を戻すと、男があたりを伺いながら入っていった。


「盗品を持って出てきたところを捕まえる」


しばらくすると男は服に何かを隠しながら出てきた。ハイルがすぐに立ち塞がる。


「最近教会で盗みを働いてるのは貴様だな。盗んだ物をだせ」


突如現れた男に犯人が臨戦態勢に入る。ハイルも始めから犯人を始末するつもりだったらしく、あの杭のような武器を出して構えた。


「ねえ、何か声が聞こえなかった?」


隣の孤児院の子だろうか。子供が2人、騒ぎを不思議に思って来てしまった。

ハイルの動きが一瞬鈍る。そのスキをついて犯人が突進してきた。


「チッ!教会の敵は全て始末する」


犯人の突撃より早く、ハイルが杭を振り下ろそうとする。ダメだ!


「何っ!」


犯人を突き飛ばし、ハイルの杭をナイフで受ける。見えない刃に電撃が走った。衝撃で顔につけていたベールが弾け飛ぶ。


「貴様は!」

「子供の前で人を殺そうとするなんて何考えてるんだ!」


ハイルの動きが止まる。


「でも……先生……教会の……敵が……」


何かをぶつぶつ言っている。

その間に体制を立て直した犯人が子供達に向かった。


「クソ!」


慌てて追いかけてしがみつくと、犯人に隠し持っていたナイフで腕を切り付けられた。


「っつ!」


腕が痛い。でも子供達を守らないと。

必死に犯人にしがみついていると、バチッと言う音がして犯人が崩れ落ちた。気を失っている。


「これは………」


犯人の近くにはハイルの杭が落ちていた。ハイルを見ると驚いた顔をしてかたまっている。

ひとまずは子供達だ。完全に怯えてしまっている。ゆっくり近づいて。できるだけ笑顔で。できるだけ優しく。


「怖かったよね。ごめんね。でももう大丈夫だよ」


最初は震えていた子供達も、なんとか落ち着いてくれた。良かった。心の傷にならなければいいんだけど。


「もう大丈夫……先生………僕は………」


ハイルが何かを呟いたのが聞こえた。

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