第36話 人形
民家が立ち並ぶ郊外にある教会。その一室でトーカと俺は次の協力者候補と会っていた。
「初めまして、ヒスイ君。私はロウだ。よろしく」
ロウと名乗った男はスーツに身を包み、一見すると貴族か何かに見える。
「よろしくお願いします。あの、ロウさんは教会の方なんですよね」
「ああ、この格好のことかい?君たちの組織に協力するのは教会への背任行為になるからね。変装だよ」
爽やかに笑うその姿は好青年そのもので。警戒心なく接してしまいそうになるが、なぜか俺の横にいるトーカがずっと不機嫌だ。
「トーカ。いい加減その膨れっ面をやめたらどうだ。ヒスイ君、すまないね。私と会う時はいつもこうなんだ」
「2人は知り合いなんですか?」
「知り合いと言うか、コイツが家出する原因を作ったのが私なんだ。だから嫌われている」
「ロウ!」
トーカが怒っている。そんなに俺に聞かれたくないことだったんだろうか。
「なんだ。ヒスイ君に何も話してないのか?呆れたヤツだな。少し席を外すから2人で話をしろ」
ロウはそのまま部屋を出て行ってしまった。
「………トーカ」
「………すまなかったな。大きな声を出して」
怒りはおさまったが落ち着かない雰囲気のトーカに謝られた。
「いいよ。それにロウさんが言ってたことだって、嫌なら無理に話さなくていい」
「……嫌なわけじゃないんだ。ただ、どう話していいかわからなくて」
「家出の理由だよね。前聞いた時もごまかされた」
ごまかされたの言葉にトーカが項垂れる。はぁっと息を吐いて手を額に当てた。
「俺は誤魔化したり隠してばかりだね。いい加減やめないと。ヒスイ、話を聞いてくれるか?」
「うん。聞くよ」
トーカが真っ直ぐに俺を見てくる。ごまかしも嘘も何もない瞳だ。
「俺の妹がヤドだと言う話はしたな。俺は妹が産まれてすぐヤドとして連れて行かれても、何も感じなかったんだ」
「何も?」
「そう。寂しいも悲しいも、光栄だとも嬉しいとも感じなかった。ただそうあるものだと思っていた」
瞳が暗い。辛い過去なのだろう。
「教会にいた頃の俺は何も考えず生きていた。ただ今あるものが当たり前で、全てはあるべき姿であるだけだと思っていた。まるで人形のようだったな」
人形のよう。少しナズを思い出した。
「妹がヤドとしての役目を始めた日。ロウが俺の所にやってきた。『あなたの妹は最期の瞬間満足そうに笑っていましたよ』そう言いにきた」
満足そうに。またナズを思い出す。
「それを聞いた時に俺の中で何かが崩れた。ヤドとして役目のためだけに生きてきた妹は、きちんと人の心を持っていた。なのに俺は何をしているんだろう。何も考えず、何も選ばず、まるで死んだように生きている」
トーカが泣きそうな顔をする。俺の胸も苦しくなった。
「だから俺は教会を抜け出し組織に入った。妹が守ると決めた世界を、守って良かったと思える世界にしたかったんだ」
「守って良かったと思える世界にしたい……」
それは俺がラボで言ったことと同じだ。
「お前が同じことを言った時は驚いたよ。でも嬉しかった。さすが俺の相棒だ」
トーカが笑顔になる。そんな想いを抱えてるなんて知らなかった。なぜか涙が溢れてくる。
「なんでお前が泣くんだよ。ほら、ロウが帰ってくるぞ。あいつに泣き顔なんて見られたら一生ネタにされるぞ」
笑いながら背中をさすられる。優しい。トーカの優しさは辛さを乗り越えてきた優しさだ。
「話は済んだようだな。では本題に入ろうか」
俺が泣き止んだところでロウが部屋に入ってきた。タイミングが良すぎる。部屋の外で話を聞いてたんじゃないだろうか?
「教会からの協力者ということで私が名乗りをあげたが、もちろんヒスイ君には協力するだけの何かを見せてもらいたいと思っている」
ゴクリと唾を飲み込む。何を言われるのだろうか。
「私の条件は1つ。ハイルを仲間に引き入れることだ」
「………は?」
仲間に引き入れる?あのハイルを?仲間に?
「お前、それはいくらなんでも」
「トーカは黙っていろ。他に条件はない。これができないなら協力の件は無しにする」
ロウは真剣だ。なぜそんな条件にしたのかはわからないけど、他に道はない。
「わかりました。やります」
「ヒスイ!」
「物分かりが良くて助かるよ。では、すぐに私と来てもらおうか。今回は君1人でやり遂げてもらう。トーカは連絡するまでどこかで待機していろ」
「な!そんなことできるわけ」
「トーカ。大丈夫。必ず成功させるから待っててくれ」
さらに何かを言おうとするトーカを残して部屋を出る。ここから先は俺1人でなんとかしないと。
「では、今回の仕事を説明するために少し移動しようか」
「あの……」
「なんだ?」
トーカとの話で気になったことがあったので聞いてみる。
「なんでトーカに妹さんの最期を教えたんですか?」
「ああ。半分は八つ当たりだ。私は人形が嫌いなんでね」
「人形?」
「質問がそれだけかい?なら仕事に向かうよ」
ロウは話を切り上げてさっさと歩き出してしまった。後ろについていきながら、この人は何を思っているのだろうとずっと考えていた。
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