第29話 使用人
朝5時に目覚ましがなる。
眠い目を擦りながら起きると、隣のベッドでモゾモゾと人が動いたのが見える。クキが大欠伸をして布団から這い出してきた。
「おはよう」
「おはよ〜。今日は何するんだっけ」
「朝一で花の水やりして朝食の用意、そのあとは掃除と午前中に届く荷物の整理をしたらお昼かな」
「盛りだくさんだね〜。では今日も頑張りますか」
パンッと顔を叩いてクキが気合いを入れる。ここはある貴族の屋敷。俺たちは使用人として働いている。
事の始まりはトーカが持ってきた貴族からの依頼だった。
「地上から秘密裏に運ばれてる物について調べて欲しいという依頼だ」
「秘密裏?地上から密輸される物もあるのか?」
「まあ麻薬やら宝石やら果ては人やら色々あるね。今回は毒みたいだ」
「毒?」
「そう。正確には地上にしか生えていない毒性のある植物。加工すればこちらの世界では未知の毒となる恐ろしいものだね。それをこちらに持ち込んでる貴族がいるみたいなんだよ。どこぞの組織に売って大儲けしてるみたいだね」
「その貴族は持ち込んで売ってるだけなのか?」
「そう。実際に毒物として加工してる組織が別にいる。だから貴族だけ捕まえても意味がない。相手の組織、毒の販売ルートなどを一掃したいというのが依頼者の意向だね」
「随分と大掛かりな仕事だな」
「そうだね。販売ルートなんかは軍にお任せするだろうから、ヒスイの仕事は貴族と組織の尻尾を掴むこと。ひとまず屋敷に使用人として潜入してもらおうかな」
「潜入……」
「もちろん1人では心配だからクキのサポートをつけるよ。2人で毒の取引情報なり相手組織の情報なりを頑張って掴んできてね」
この会話をアジトでしたのが2週間前。
そのあと隠れ家でクキと合流して、すぐに屋敷に使用人として潜入した。スンナリ潜入できたのは依頼人が手を回したかららしい。
「ちなみにこの仕事はグライさんからの紹介だよ」
その言葉には、成功すれば地上へ行く協力が依頼人から得られるぞという意味が含まれていた。なんとしてもこの仕事を成功させたい。勢い込んで屋敷にきたはいいんだけど……。
「ジェイドくん。こっちもお願い」
「はい!すぐ行きます!」
使用人に若い男性が少ないからか頼まれ事が多くとても忙しい。アジトで色々手伝いをしてたから仕事内容で困ることはないんだけど。
「ジェイドくん!コトラ様が部屋で呼んでるわ!」
「わかりました!すぐ向かいます!」
ちなみにジェイドと言うのは潜入用の偽名だ。クキが名付けた。
俺はこの家の唯一の子供、跡取りのトリ・コトラに呼ばれて部屋に向かった。
「コトラ様。ジェイドです。入ってよろしいでしょうか」
豪華な扉をノックして問いかける。すぐに返事が来て部屋に入るよう言われた。
「失礼します」
高価な家具を使っているがシンプルにまとめられた部屋の中で、俺より少し年上の男性が鏡の前に立っていた。
「ああ、ジェイド。忙しい所すまない。午後から買い物に行くんだがスーツに悩んでいてな。この紺のと、そっちの茶のスーツと、どっちがいいと思う?」
「はあ………えっと………」
仕事内容で困ることはないと言ったが、一つだけあった。このコトラの相手だ。使用人に同じ年頃の人間がいなかったからか随分と気に入られてしまい、何かといえば呼び出されている。
正直、貴族の服の良し悪しなどわからない。なぜ俺に聞くのだろうか………
「紺のほうが似合うかと思います」
「そうか。なら帽子はどうしようか」
このあとも靴はどうしようかネクタイはどうしようかと散々聞かれ、決まった後もあれやこれやと世間話に付き合わされた。ソファに寛ぎながらコトラが色々聞いてくる。
「お前は地元に友達はいないのか?」
「仲の良い友達が2人いますよ」
俺は出稼ぎに来ているということになっているので、アジトのことを地元として話すようにしている。下手に嘘を話すより、バレない範囲で本当のことを言ったほうが賢明だ。と、クキに教わった。
「羨ましいな。私は学校の連中とは合わないし、他に歳の近い者もいないからな」
「コトラ様はお優しいですから、いずれ気の合う方と会えばすぐお友達になれますよ。それまでは私で良ければお話相手くらいにはなりますから」
「お前こそ優しいね。使用人だからとそこまで気を使わなくてもいいんだよ。何かにつけて呼び出してる身で言えたことではないが」
コトラは寂しそうに笑った。
嘘やおべっかを言ってるつもりはない。使用人への態度も丁寧だし、聡明な人だと思う。ただ時々こうやって寂しそうに笑うのは、孤独を感じているからなんだろう。これだけ裕福な家に育ち恵まれた環境にいても満たされないこともあるんだな。
「さあ、付き合わせてすまなかったね。ありがとう。仕事に戻ってくれ」
コトラから解放されたのは、部屋に行ってから1時間後だった。
もうお昼だ。他の仕事が何も片付いていない。
「コトラ様がご機嫌で過ごせるなら、他の仕事はやっておくから大丈夫よ」
「すみません。ありがとうございます」
休憩時間に午前中の仕事を手伝ってくれた女性に礼を伝えに行くと、女性は嬉しそうにコトラのことを話してくれた。
「ジェイドくんが来てからコトラ様楽しそうなのよ。以前はずっとお寂しそうでね。お父様はお仕事で忙しいし、お母様は家のことはほったらかしだからね。お父様が下級貴族の出身だから学校でも遠巻きにされて友達もいないみたいだし」
「下級貴族って、イス様は婿養子なんですか?」
クキが質問する。
「そう。トリ家はコリス様しかお子様がおられなかったから、事業手腕を見込まれてイス様が婿にこられたのよ。でもコリス様は自分で家業を継ぎたかったみたいね。息子を産んだらもういいでしょと言わんばかりに外にばかり出て全然家に帰ってこないのよね」
「それはコトラ様かわいそうですね〜」
クキが相槌をうって女性の口を軽くしていく。相変わらずうまいなぁ。
「イス様も最初は家業を盛り上げてうまくいってたんだけど、だんだん失敗が続くようになって。一時期は使用人の数もだいぶ減らされたんだけど、なぜかここ数ヶ月でまた事業がうまくまわりはじめたみたい。家の方も忙しくなったから2人が来てくれて助かるわ」
そんなそんなと謙遜しながらクキが話を促す。
「なんで急にうまくいきだしたんでしょう?」
「さあねぇ。イス様は仕事のことは家に持ち込まないから。でも時々とても緊張して仕事に向かわれる日があるのよね。大きな取引でもあるのかしら」
クキと目を合わす。きっとそれが毒の植物の取引日だ。
「へぇ。それって決まった日なんですか?何かいつもと違うことしてたりとか」
「そうねぇ。いつも火曜だった気がするわ。そういえば必ず同じ黒のコートを着ていくのよね。金のボタンの。験担ぎかしら?」
火曜日は3日後だ。あとは黒のスーツに触れる機会があれば、発信機なり盗聴器なりつけれるんだが。
「さあ、休憩時間は終わりよ。そろそろ仕事に戻りましょう」
「疲れたね〜。でも成果はあったかな」
その日の仕事を終えてクキと部屋に戻る。ベッドにダラーッと寝そべったクキが今日聞いたことについて話しだした。
「火曜日。黒のスーツ。なんとか発信機をつける機会を作れないかな」
「うまいことクリーニングの受け取りにでも行けたらいいけど、さすがに管理はしっかりしてるか」
「………コトラ様にお願いすればなんとかならないかな?」
クキがベッドから起き上がる。少し怪訝な顔をしている。
「それは……」
「よく服のことを相談されるし、黒のコートが素敵だったから参考にしてみたらと言ったら見せてくれないかな」
「まあ、見せてはくれそうだけど。ヒスイはそれでいいの?」
「?何が?」
「……いや。いい。とりあえず発信機と盗聴器の手配をトーカに頼んどくよ」
「うん。お願い」
依頼解決に一歩前進しそうで、晴々した気持ちで俺はベッドに潜り込んだ。
クキはトーカに連絡したあと、電気を消すよ〜といって部屋を暗くしてぼそりと話しかけてきた。
「………ヒスイくん。あんまりコトラ様と仲良くなったらダメだよ」
「?うん。わかった。」
この時、俺はクキの言葉の意味を全く理解していなかった。
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