第30話 あなたが私にくれたもの
次の朝、トーカが野菜の配達員に扮して屋敷にやってきた。
「ご苦労様です。あとは我々が運びます」
「は〜い。いつもありがとうごさいます」
目で合図される。箱を開けると蓋に小さな箱がくっついていた。中には小さな黒い玉。発信機だ。
「服のどこかに押しつければくっつくよ。つけた人の位置がわかるようになってて、一応盗聴器としての機能もあるみたい」
今朝、部屋を出る前にクキから発信機が届くことと簡単な説明を聞いた。これであとはコトラに呼び出されれば、スーツを見せてもらえるようにお願いするだけだ。
その時はすぐにやってきた。
「コトラ様。お呼びですか」
「ああ。ジェイド。昨日ボードゲームを買ったんだ。相手をしてくれ」
「はあ。珍しいですね。コトラ様がボードゲームだなんて」
「たまにはいいじゃないか。さあ、やるぞ」
こんなにウキウキしているコトラを見るのは初めてだ。ボードゲームの前に座るよう促され素直に席につく。
ルールはシンプルなもので、自分の陣地に置かれた石を移動し先に全ての石を陣地から無くしたほうが勝ちだ。ゲームに使う石がキラキラと綺麗な色をしていたので手に取って見つめていると、コトラが楽しそうに話しかけてきた。
「その石が気に入ったかい?」
「あ、いえ。宝石みたいだなと思って」
「そうだね。綺麗だ」
「友達に宝石の原石をお守りにもらったんです。だから宝石のことを色々知りたいなと思って」
「学びのきっかけとしてはとても良いことだね。たしか宝石についての本がどこかにあったから、今度見せてあげるよ」
「ありがとうございます。すみません。お待たせして。始めましょう」
コトラはとても優しい目をしている。それはクキやトーカが向けてくれる眼差しによく似ていた。
「負けました。コトラ様はお強いですね」
「いや。お前もなかなか強かったぞ負けるかと思った」
コトラは珍しく声を上げて笑っている。
ボードゲームは意外と楽しく、わざと負けて喜ばせようと思っていたのにそんな考えは途中からどこかへ消えていた。
「ボードゲームなんて初めてしたが、意外と楽しいものなんだな」
「初めてだったんですね。そのわりには随分とお強い」
「こんなのは計算と駆け引きだからな。そう言ったことは後継ぎとして散々仕込まれてる。ボードゲームをするような相手はいなかったがな」
コトラが寂しそうな目をする。せっかく楽しい気持ちになってもらえたのに、そんな目をされたら悲しくなる。
「私で良ければいつでもお相手しますから」
「ありがとう。ああ、来週学校のパーティに行くのも憂鬱だ。お前とこうして遊んでいた方が余程楽しいのに。着て行くものを考えるのも面倒くさい」
服の話が出た。いまだと黒のコートの話をしてみる。
「そういえば。お父様が着られていた黒のコート、金のボタンがとても素敵でしたね。コトラ様にも似合いそうです」
「父さんの?そういえば最近時々着てるのがあったな」
「ボタンの装飾を一度近くで見てみたいなと思ったのでよく覚えているんです」
「……なら、父さんの部屋に行って借りてこよう。少し待っていろ」
心の中でガッツポーズする。すっかり浮かれた俺はコトラが見せた寂しそうな顔に気づかないでいた。
「これのことか?」
「それです!ああ。やっぱり素敵ですね。コトラ様、羽織ってみてはいかがですか?」
羽織るのを手伝おうとするがコトラに手で制される。
「いや、父さんのじゃサイズが合わない。それより金のボタンってこれのことか?」
「はい。近くで見てもよろしいですか?」
「ああ。構わないよ」
ボタンを手に取る振りをして発信機を襟の裏につける。
「変わった細工ですね。山羊の絵でしょうか?」
「そうだな。見たことのない模様だな。凝った造りではあるが」
「はい。……ありがとうございました。近くで見れて嬉しかったです」
怪しまれないようコートから手を離す。
笑顔が嘘くさくないかが気になる。
「なら私はコートを戻しに行くから、お前は仕事に戻りなさい」
「はい」
一緒に部屋を出て、逆方向に行くコトラにもう一度礼を言う。
「構わないさ。いつも服を一緒に選んでもらってる礼だ」
失礼しますと仕事に戻ろうとすると、コトラに呼び止められた。
「ジェイド………また一緒にボードゲームをしてくれるか?」
「?はい。喜んで」
嘘ではなかった。一緒に遊んだ時間は楽しかったし、また遊びたいと思って自然と笑顔が出た。
でも早く仕事の成果をクキに伝えかった俺は、コトラの何かを諦めた目に気づけずにいたのだ。
「ヒスイくん、お手柄だね」
発信機は無事に機能しているとトーカから連絡が入った。クキがよしよしと頭を撫でてくれる。
「これで明後日の取引現場に突入できたら、一気に依頼が解決するのかな」
「そこまでうまくいくかはわからないけどね。相手組織のことは何もわかってないし」
「そうか」
「しかし、うまいことコートを見せてもらえたんだね」
「金のボタンが見たいってお願いしたんだ。凝った細工だったけど変わった模様だったな。山羊の絵みたいな」
「山羊?」
クキの顔が一瞬で険しくなる。すぐにトーカにメッセージを送った。
「山羊がどうかしたのか?」
「うん。ちょっと気になってね。もしかしたら取引先のヒントになるかも」
言いながらクキが通信機を見る。返信が来たみたいだ。
「………うん。やっぱり。相手は『黒山羊』っていう犯罪組織の可能性があるね。候補には上がってたらしいけど、火曜までにもう少し動向を探ってみるってさ。もう一つお手柄だね、ヒスイくん」
クキにもう一度よしよしされる。クキは仕事をしてる時と俺を甘やかす時のギャップが激しいな。
「さて、我々にできることはここまでです。あとはトーカ達が頑張ってくれるはずなので連絡を待ちましょう。とりあえず、今日はもう寝ること」
クキに「はいはい早く寝る〜」とベッドに押し込まれ電気を消された。
自分の作戦が成功したことと、火曜日にどうなるかが気になってなかなかその夜は寝付けなかった。
次の日は使用人として普通に過ごした。
いつも通りコトラに呼び出されて部屋に行くと、一冊の本を手渡された。
「あの………これは?」
「宝石について知りたいと言っていただろう。これは写真も綺麗だし読みやすいからあげるよ」
そういえばそんな話をしたな。覚えていてくれたのか。嬉しい。でも……
「こんな高価な本いただけません」
「いいよ。私はもう読んだし。本も大事にしてくれる人の元にあったほうが幸せだ」
「しかし………」
俺はあなたの父親を捕まえるためにここにいるのに。
その時になってクキの言葉の意味に気づく。
「ジェイド。お前が屋敷に来てくれて、私とともに過ごしてくれて嬉しかったんだ。これはその礼だよ」
「コトラ様。あの……」
「さあ。私はこのあと用事があるんだ。お前も早く仕事に戻りなさい」
そう言われ部屋から追い出されてしまった。
目の前で閉ざされた扉を茫然と眺める。俺はなんてことをしてしまったんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます