第26話 天

時刻は夜の8時を過ぎた頃。

窃盗団を捕まえて無事に帰ってきた隠れ家で、俺とグライ達はトーカが戻るのを待っていた。

………俺にしがみついてグライ達を威嚇するクキとともに。


「クキ君。いい加減我々のことを信用してくれないかな」

「グライ様に失礼だろう」


クキの態度にグライは困り顔、グリーズはキレかけている。


「イヤです!いきなりヒスイくんを連れ去られて俺がどれだけ心配したと思ってるんですか!」

「いや、それはトーカのために」

「トーカとかどうでもいいです」


いや、どうでもよくはないんだが。

クキは隠れ家に帰ってきた俺を見て、怪我はないか体調は大丈夫かと散々確認したあとずっとこの調子だ。

さすがにそろそろ落ち着いてほしいので口を開きかけたところ、玄関がノックされた。


「グライ様、トーカ殿をお連れしました」

「ああ。ありがとう。入ってくれ」


グライの部下とともにトーカが入ってくる。

険しい顔をしていたのが、俺を見て表情を緩める。


「グライ殿、この度は我々の処遇にお力添えいただきありがとうございました」

「うむ。いや、私もこの少年のことは気に入った。彼を自由にするのは私も賛成だ。君を保護者とするのもね」

「ヒスイのことをそこまで言っていただき光栄です」


いつもとは違う大人の顔だ。

トーカはグライと話し終えると俺のところに来た。


「ヒスイ。すまなかったね。よく頑張ってくれた。疲れてるだろうけど、少し話をしようか」


トーカは俺をしっかり見据えている。色々言いたいことがあったのに、真剣な眼差しに頷くことしかできなかった。


「では、我々は話が終わるまでソファで寛がせてもらおうか」

「じゃあ俺はお茶でも淹れてこよ〜」


グライ達が席を立ち、テーブルには向かい合って座るオレとトーカだけが残された。




「まずは改めて。今回はよく頑張ったね。幹部達はヒスイが今まで通りに動くこと、俺の保護下に置くことを了承してくれたよ」

「急に隔離だなんだ言われて驚いたよ」

「ごめんね。会議に行く時にある程度は覚悟してたんだけど、まさかここまで強硬手段にでられるとは。グライさんが猶予をくれるよう進言してくれて助かったよ」


なぜかグリーズが胸を張っている。お前関係ないだろ。


「そしてもう一つ、お前に許可が出たことがある。テラスタワーについてだ」

「テラスタワー!ジンが言ってたヤツだな。そう言えばあいつとの話し合いはどうなったんだ?」

「それは別の幹部が担当してるよ。向こうがどれだけの情報を持ってるかわからないからね」


そうか。組織同士の話し合いなんだもんな。色んな駆け引きがあるか。


「それもあって、ヒスイにもテラスタワーについて話していいことになったんだ」

「なんで今までダメだったんだ?」

「それは聞いてみて自分で判断してごらん」


いつものトーカだ。こうやって俺を試すようなことをする。でもそれは俺のためであることも知っている。


「結論から言うと、テラスタワーは地上に繋がってる」

「………地上?」

「人が自然エネルギーを使い続けた結果、風は荒れ狂い大地は割れ雲は水の循環を支えられなくなったと言う話はしたよね。でもそんな現象を見たことはあるかい?」

「無いな。それはヤドがいるからじゃないのか?」

「いや、ヤドは年々力が弱まり、次のヤドに交代する前には天災が頻発するんだ。地上ではね」

「だから地上ってのはなんなんだよ?」

「地上は、人がもともと住んでいたところ。今俺たちが見上げてる空の、その上にあるところだよ」


思わず天井を見上げる。いつも見てる空の上に世界がある?そんなこと信じられない。


「信じられないって顔してるね。ここには空も大地も空気も全てあるからね。そう作られたからだ。世界がバランスを崩した時、人は土を掘って地面の下に逃げ込み、そこに地上を再現した。空まで同じ様に作りたがったのは人のサガなのかね」

「ここが………作られた」

「そう。だから雨も台風も地震もないだろう。都合の悪いものは全て地上に置いてきたんだ」


雨?台風?地震?何のことだ?聞いたことない。


「でもいくら似せても所詮は作り物。自然の恩恵なしには人は生きられない。そしてヤドが生み出された。人々は喜んで地上に戻ろうとした」


戻ろうとした?でもここにはまだたくさん人がいる。


「でもヤドが万能ではないことがわかると、地上と地下を行き来する様になった。安全な時は地上へ。危険な時は地下へ。自然豊かな地上で作られた物を地下へ。天災に左右されず培われた技術で作られた物を地上へ。そのために作られたのがテラスタワーだ」


クキが持ってた花の蜜なんかも地上で作られた物だよと教えられる。


「でも行き来してるのは一部の人間で、地上で生き残っていた人も、地下に残っていた人もお互いの世界のことは知らない。ヤドのことも全てを知ってるのは一部の人間だけだ」


世界が揺らいでいく。

あまりの事実に言葉がでない。


「………俺に今まで秘密にされてたのは、お互いの世界を知る人が増えれば奪い合いが起きるからか」

「そうだ。ある意味ヤド以上の秘密だ」

「なんで今回話してもいいってなったんだ」

「ジンの件があったからね。下手に隠すより話してしまった方がいいと判断した」


ふうーっと息を吐く。頭が痛い。でも向き合わなくては。


「5年前、貴族が大量にいなくなって戻ってきたとジンは言ってた。それも何か関係があるのか?」

「地上が一番安定してる時だったからね。移り住んで恩恵を受けてたんだろう。地下では反乱が頻発して大変だったけどね」

「アルアが軍を辞めた時か」


知らないだけで世界は繋がっている。知らないことが幸か不幸かはわからない。




「はい。いったん休憩。頭を使いすぎて疲れたでしょ。甘い物でも食べよ〜」


クキがお茶とお菓子を持ってきてくれた。

お礼を言うとグライ達にも持って行く。さっきまで威嚇してたのはどこにいったのやら。ここがクキの良いところだな。


「あ〜。頭が爆発しそう」

「文字通り天地がひっくり返ったわけだからね」

「しかも知ったところで何ができるわけでもないしな」

「それはどうかな?」


ふっふっふ。とトーカが笑う。なんだ?


「ヒスイが金貨を渡す様に言われた相手。おそらく地上の人間だ」

「!そうなのか!」


そういえば一度トーカが「上の人間」って言ってた!


「まあ上の人間だからどこにいるのか調べるのも簡単では無いし、ましてや会いに行くなんて容易にできることじゃない」

「でも俺は会いに行きたい。ナズが最期に託してくれたものなんだ。どれだけ困難でも渡しに行かないと」

「………そう言うと思った」


なぜだかトーカは満足そうな顔をしている。


「ならまずは協力者を募らないとね。秘密裏に地上に行くんだ。多くの人の協力がいるよ」

「ヒスイくんのヤドの庇護は利用できないの?」


クキが手を挙げて質問する。


「渡す相手がヤドの関係者だ。庇護を受ける者として狙われることになるかもしれない。だから相手の存在を知るのは信頼できる人だけの方がいい」


なるほどとクキは手を下げた。確かに相手を危険にさらすようなマネはしたくない。


「ヒスイ、ここからはお前自身への協力が必要だ。お前を信頼し力を貸してくれる人を集める。できるか?」

「やるよ。必ずやり遂げる」


手を握りしめる。途方もない事を言われてるというのに、どこか高揚している自分がいた。


「その話を我々の前でしたということは」


ヌッとグライがオレとトーカの間に顔を出す。


「もちろん我々の協力が前提ということだな」


トーカがニヤリと笑う。


「ええ。もちろんそのつもりです」

「はっはっは。トーカ、お前は本当に抜け目のないヤツだな。いいだろう。ヒスイのことはオレも気に入っている。手を貸そうじゃないか」

「グライ様がそうおっしゃるなら、私も協力します!」


大笑いするグライの向こうでグリーズがぴょんぴょん跳ねていた。


「ちょっと!そんな大事なことをこのクキさん抜きで話さないでくれる!ヒスイくんのためなら俺だって何でもするからね!」


クキが抱きついてくる。リビングは急に明るくなりあれやこれやと騒がしい。


「お前は人気者だねぇ」

「相棒が連れてくる人がみんないい人なもんでね」


トーカは虚をつかれた顔をしたあと、小さく笑った。

ナズ、俺はお前に会って世界が変わったよ。だからお前が託してくれた願いは必ず叶えるからな。

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