第20話 1人の人として

侵入者の正体に茫然としていたら、しばらくしてトーカが帰ってきた。俺の顔を見て「犯人がわかったみたいだね」と少し心配そうな顔をされた。

そのまま所長室へ連れて行かれる。足の痺れがとれないので、トーカに肩を借りて歩いた。


「どうぞ」


所長室の扉をノックするとプティさんの返事があった。中に入ると不安な顔をしたノーマと、顔の布を外したサリがいた。


「この度はうちの者が多大なご迷惑をおかけして申し訳ありません」


プティに頭を下げられる。どうしていいかわからずにいると、トーカがプティに頭を上げるよう促した。


「まずは、なぜこんなことになったのか。それを聞かせてください」


全員の視線がサリに注がれる。本人は怯えるでも開き直るでもなく、堂々と周りを見渡している。


「私はヒスイ君が武器を持つことに反対です」


全員を見渡していた目が、急に俺を射抜く。

どこまでも真っ直ぐで我欲のかけらも無い瞳だ。


「ヒスイ君は存在するだけで抑止力になる。わざわざ危険を犯してまで戦いに加わる必要はない」


まるで物のような扱いだ。怒りが湧いても良さそうなのに。なぜだろう。必死に訴えるサリの声が苦しそうで、悲しい気持ちになる。


「私はヤドを苦しみから解放するために、新しい苦しみを生まないために研究をしている。それが代々受け継がれた私の使命だ」


サリは開発者の子孫なんだよとトーカが耳打ちしてきた。なるほど。ヤドを生み出した責任をずっと負ってきてるのか。


「だから今のヤドが大切にしてる君が、わざわざ危険な目にあって更にヤドの悲しみを生むなんて認められない」


ああ。そういうことか。武器を持ち危険に身を投じる俺をヤドの新たな心労にしたくないと。ただでさえ全てを背負わされてるヤドをこれ以上苦しめなくないということか。でもそれは………


「気持ちはわかります」


トーカが一歩前に出る。


「ですが、ヒスイはヤドの庇護を受ける者である前に1人の人間です。彼は己の意思で成すべきことを決めています。それを無視してただ安全な所に閉じ込めるというなら、それは彼を第二のヤドにするのと同じことです」


サリが苦しそうな表情をする。ああ、この人もヤドの呪縛に囚われているんだな。


「あの……」


恐る恐る声をかける。サリの真っ直ぐだった瞳が揺らいでいるのがわかる。


「俺はヤドの……ナズの事を蔑ろにしてるつもりはないんです。彼が守ってる世界を、守るだけの価値のある物にしたい。そのために戦いたいと思ってるんです」


トーカが驚いた顔をした。そんなに変な事を言っただろうか?


「今のヤドはナズという名前なんですか」


サリが力の抜けた表情で話し出す。張り詰めて今にも切れそうだった糸が、どこかへ消えてしまったようだ。


「私は名前すら知らずに助けてやる助けてやると偉そうに言っていたのですね。なんて傲慢なんでしょう。先代達が受け継いできた想いは、そんなものではなかったはずなのに」


泣きそうな顔だ。でも涙も流せずにただただ自分を責めている。そんな姿は見たくない。足の痛みも忘れて駆け寄り、手を握りしめていた。


「サリさんは間違ってない。ヤドの苦しみを誰よりも背負ってきたんです。でも1人では重すぎます。みんなで抱えないと潰れてしまう」


そっと肩に手を置かれた。プティだ。優しい目でサリに話しかける。


「サリ。あなたの苦しみに気づかなくてごめんなさい。世界はヤドを生み出し続けている。その事に向き合ったうえで研究を進めていくのがこのラボです。あなた1人が全てを背負わなくていいんですよ」


サリが俯いて「はい」と溢した。小さな雫が床に落ちていくのが見えた。




その後の所長室での話し合いで、サリのした事は公にはせず今まで通りラボで働いてもらうことになった。サリは心底申し訳なさそうにしていたが、俺はサリがラボに残れてホッとした。

事件も解決したので、俺とノーマは武器作りを再開するために訓練室に戻ってきた。


「結局、侵入者事件は全てサリさんが仕組んだことだったのか。俺に武器を作らせず、危険な所に行かせないために」

「お前がヤドの権力を傘にきる最低な人間だと、俺に吹き込んだのもサリさんだったな」

「そんなこともしてたの⁉︎そのせいで物凄く苦労したんですけど〜」


ヘナヘナと床にへたりこむ。

数値が測れん!とノーマに叩かれた。


「だがお前は権力を傘にきるどころか、余計な苦労まで背負いこむヤツだったがな」

「それ、褒めてるの?貶してるの?」

「サリさんのことは感謝している」

「……どういたしまして」


素直に感謝されて対応に困る。


「……俺の両親は市民街でツールの販売や修理をする店を営んでいたんだ」


急に始まったノーマの過去の話に反応が遅れる。昔の話はしたくなかったんじゃないのか?


「ある日、教会と貴族がその地域の技術提供を独占しようとやってきた。抵抗した両親は事故にみせかけて殺されて、残った俺がここに保護された」

「………なんでそんな話を?」

「さあ。なんでだろうな」


壮絶な過去を話したわりに、ノーマは冷静に作業を進めている。


「ソイツらに復讐したいと思う?」

「したくない訳ではない。でもそんなことに俺の技術を使ったら、ソイツらと同等に落ちてしまう。俺は両親のように人を幸せにする技術者になりたい」


淡々と話すノーマは迷いがなくて。


「俺の武器を担当してくれるのがお前で良かったよ」

「なんだ気持ち悪い」


悪態をつきながらも照れてるのがわかる。

俺はノーマに気づかれないように漏れる笑いを隠した。




武器ができるまでは3日かかるらしい。

待つ間はやることもないので、訓練室を借りてトーカに稽古をつけてもらっていた。


「そういえば聞き忘れてたけど、武器を作っていいってことは危険な仕事にも参加していいってことだよな」


右ストレートをうつ。掌で簡単に受け止められた。


「ああ。これからはヤド関連じゃなくても仕事に同行してもらうよ。危険度は判断するけどね」


左足で蹴りをいれる。あっさりかわされた。


「なんでまた急にオッケーになったんだ」


左肘をくらわせるが、あっさりいなされてしまう。


「お前も色々派手に動いちゃったからね。実践で経験を積んで強くなってもらったほうがいいかなと思って」


足払いをされて床に倒れ込んでしまった。

いったん休憩〜とトーカは逃げてしまう。

そのまま一本もとれずに稽古は終わってしまった。




ノーマから武器ができたと連絡がきたので、訓練室へ向かった。

渡されたのは、テストで使ったのより一回り小さなナイフだ。


「小回りのきく方が良さそうだったからな。基本は風の特性をつけているが、少し面白い仕様になっている」


まずは振ってみろと言われたので試してみる。テストで使ったのと同じ感じだ。


「使い心地は悪くなさそうだな。次は玉の向きを変えてみろ」


埋め込まれてる玉を半回転させる。カチッと音がしてナイフが重くなった。


「なんだこれ?」

「そのままコレに突き刺してみろ」


粘土の塊みたいなものに突き刺す。

すると刃の倍くらいの長さまで切った跡ができた。


「これって……?」

「目に見えない風の刃を纏えるようになってる。ヤドの庇護という力に惑わされて見えにくい、お前の強さをあらわすにはピッタリだろ」


ん。いや。ちょっとその武器作りのテーマみたいなんは恥ずかしい。


「このモードはエネルギーの消費が激しいから気をつけろよ」

「あ、ああ」


照れてる俺には気づかず、ノーマは淡々とナイフの説明を続けていった。




武器も無事できたし明日はアジトに帰ろうかとしていると、トーカに連絡が入った。


「ヒスイ、急ぎの仕事が入った。今から向かうから一緒に来い」


『帰れ』ではなく『一緒に来い』だったのが嬉しくて、二つ返事で準備する。

急な出発に驚きながらもプティ、サリ、ノーマが見送りに来てくれた。


「ヒスイ君、これを」


サリがブレスレットを渡してくれた。色違いの小さな玉が3つ並んでいる。


「遠くの音まで聞ける玉。風の壁を作る玉。痛みを和らげる玉です。詳しい説明はこの紙に書いてあります」


一つずつ指差しながら教えてくれ、紙を渡された。


「ありがとう。大切に使います」

「決して無茶はしないでください。私は1人の人としてのヒスイ君も、とても大切に思っていますから」

「………ありがとう」


ノーマには「俺の武器使って負けるなよ!」と励まされ、プティには「ご武運を」と気づかわれてラボを後にする。

トーカとともに迎えの車の待つ場所まで歩く。その足は少しだけ震えていた。

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