第21話 遭遇

ラボを後にして俺たちが向かったのは貧民街の一角だった。そこでトーカから仕事の内容について説明を受けた。


「軍が反乱グループの動向を掴んだ。2時間後に鎮圧作戦が展開されるんだが、まわりには人が住んでる所も少なくない。軍は住民の被害などお構い無しだろうし、反乱グループのメンバーが民家に逃げ込むかもしれない。そこで我々の仕事は鎮圧作戦の周りをグルーっと囲んで、万が一の時に住民を避難させたり守ったりすることだ」

「先に避難させとけばいいんじゃないか?」

「そうすると軍の動きを気づかれるからね。鎮圧作戦自体は邪魔したくない」

「なるほど。わかった。俺とトーカはこの地点で見守りをしてたらいいんだな」


トーカが物足りなさそうな顔をする。なんだ、その顔は。


「今までのお前なら『なんだその作戦は。もっと戦わせろ』とか言ってたのに。大人になっちゃって……お父さん寂しい……」

「そこまで言ってねぇよ!てかお父さんってのやめろ!」


よよよと泣き真似をするトーカに一発蹴りを入れる。

おう!とか痛がるふりをしてるが、衝撃を受け流してるのは知ってる。とことん腹の立つヤツだ。




そこから2時間。周りの地理を確認したり、避難のシミュレーションをしたりして作戦開始を待った。

トーカの耳につけてる通信機に軍が突入した知らせが入る。

何も見逃さないように周囲を警戒するが、30分経っても街は静かなものだった。


「何も起こらないな」

「まあ、万が一のための待機だからね。何か起こる方が珍しいよ」

「そうか。まあ被害がないなら何よりか」


肩透かしを食らって、気が抜けそうになる。

まだ仕事は終わってないぞと頬を叩いてると、トーカの通信機に連絡が入った。


「ああ。こっちは何もない。そうか。ならいったんそっちへ向かう」


通信を切るとトーカは俺に向き直った。


「近くで待機してるグループから応援要請がきた。行ってくるからお前はここで待機していてくれ」

「わかった」

「何かあっても勝手に行動するなよ。俺に連絡して、あとは隠れてろ。絶対だぞ」


再度「わかった」と返事すると、トーカはあっという間に街の向こうに消えてしまった。


「さて、せっかく任されたんだし頑張りますか」


1人になって気合いを入れ直す。

大きく伸びをすると腕のブレスレットからシャラッと音がした。


『そういえば、遠くの音を聞ける玉があるって言ってたな』


ブレスレットから玉をはずす。紙に書いてた説明を思い出しながら、通信機と逆の耳につける。


「うわ!」


ゴオオと色々な音が耳に入る。初めは驚いたが、慣れてくると音を聞き分けられるようになってきた。


『……もう少しだから……』

『………うん………』


微かだが、人の会話が聞こえた。男の声と子供の声だろうか?

なんとなく胸騒ぎがして、声のしたほうに向かう。




………いた。

男が女の子を連れて歩いている。女の子は5歳くらい。男は20代半ばくらいだろうか。女の子は怪我をしていて、男が鼻歌を歌いながら手を引いている。

とりあえずトーカに連絡しないと。

2人を見失わない所まで離れて、通信機でトーカを呼び出す。


『ヒスイ、どうした?』

「怪しい男を見つけた。怪我をしてる子供を連れてる」

『子供………。わかった。すぐそっちへ向かう。お前はソイツを見失わないようにしてくれ。くれぐれも1人で何かしようとするなよ』

「わかってるよ。了解」


通信を切る。あんなに心配しなくたって、自分の力量はわかってる。無謀なことはしないのに。


「この先だからね」


男が女の子に話しかけながら角を曲がる。見失わないように駆け足で追いかけるが、角を曲がった先には誰もいなかった。

しまった。見失った。

慌てて周りを見回すと、後ろから声がした。


「誰か探しているのかな?」


反射的に飛び退いて声の主を見る。

尾行していた男だった。女の子の姿はどこにもない。


「ずっと僕のことつけてたよね。この辺の子じゃ無さそうだし、何の用かな?」


ニコニコと敵意のなさそうな笑顔を向けられる。だが表情とは裏腹に一切の隙がない。

俺は警戒して腰に下げていたナイフを構える。


「随分といい武器を持っているね。本当に何者なのかな?ゆっくり話を聞いてみたいな」


ゆっくりと男が近づいてくる。ギリギリまで近づいた所でナイフで切りつけるが、腕を掴まれ届かない。


「とりあえずコレはいらないかな」


腕を掴んだ反対の手で通信機を外される。そのままパキッと音がして、通信機は粉々に砕け散った。


「ああ。そんな悲しい顔しないでくれよ。君と話すのに邪魔が入ってほしくないだけなんだ。危害は加えないし、話が終われば解放するよ」


逃げ道を塞ぎながらも、男は世間話でもするかのように話しかけてくる。戸惑っていると銃声が聞こえた。


「あらら。長居しすぎたかな」


遠くに軍の人間が見える。この男を追ってきたのか?


「話は後だね。ひとまず逃げますか」


男は俺を小脇に抱えて走り出した。


「……は?何するんだ!離せ!」

「え〜?でも離すと軍に捕まるよ。僕といたトコ見られてるから仲間だと思われるんじゃない?」


そう言われると言い返せない。今回は軍と協力関係にあるわけでもないし、捕まると色々面倒だろうか。


「納得してくれたみたいだね。じゃあ飛ぶから舌噛まないようにね」


男の体が大きく沈む。次の瞬間、3階建ての建物の上まで高く跳躍していた。


「っええええええええ!」

「振り落とされるなよ!」


そのまま建物の上をピョンピョン飛び跳ねていく。

振り落とされないように必死にしがみつきながら、俺は妙な既視感を感じていた。

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