第19話 侵入者

翌朝、ノーマの指示通りに9時に部屋へ向かう。ノーマは仁王立ちで待っていた。すでに怖い。


「来たか。訓練室に武器を用意してある。ついて来い」


俺の返事など待たずノーマは歩き出す。話をするったってコミュニケーションが全く取れないんだけど。

大人しくついて行くとアジトの運動室のような広いスペースに出た。


「昨日測ったお前の運動能力をもとに、相性の良さそうな武器を用意してみた。一つずつ試してみるぞ」


銃、ナイフ、ナックルみたいなものに、靴?帽子?

おおよそ武器とは言えないものまで置いてある。


「玉は抜いてあるからな。使う時は入れるのを忘れるなよ」

「玉?」


何のことだかさっぱりわからない。

頭に疑問符を浮かべまくっていると、ノーマの顔が引き攣っていく。


「……お前、まさか玉のことすら知らないとか言わないよな」

「……え〜っと。そのまさかです」


ブチッ!

血管の切れる音が聞こえた気がした。鬼の形相でノーマがこちらに近づいてくる。


「ご……ごめんなさいごめんなさい。でもほんとに知らないんです」

「これが玉だ。中にエネルギーを溜められる」


ノーマの手の上に小さな玉が乗っている。


「あ、これツールと同じヤツ?」

「ツールは知ってるのか。ツールは玉自体に何らかの動作ができるようにしてある。対してこれはエネルギーの貯蔵庫として、武器に組み込めるように作ってある」


ノーマがナイフを手に取る。柄の部分にちょうど玉が入る大きさの穴が空いている。


「銃なら弾丸代わりに玉を使う。他の武器もそれぞれ玉を組み込む場所がある」


ナイフに玉を埋め込む。地面に刺すとバチっと電気が弾けた。


「あ、これハイルが使ってた武器と同じだ」

「実戦で経験済みなら話が早い。同じナイフでも高熱を発するもの、風を起こすもの、武器に付加された特性によってできることが異なる。逆に玉そのものに特性を付与して、同じ武器でも玉を変えることで攻撃を変化させるものもあるな。トーカさんの銃がそうだ」

「トーカの銃……使ってるの見たことないな」

「………相棒なんじゃないのか、お前達」


ノーマが呆れ顔になる。


「いや、一回だけ見たことはあるんだ。でもあれ多分空砲だったしな。威嚇用に持ってるものだとばかり」

「なんだそれは」


ノーマが一瞬笑った。

あれ?これはいい雰囲気なんじゃないか?今から誤解をとけるかも!


「それにしてもノーマは教えるの上手いな!すごく分かりやすかったよ」

「ん?あ……ああ」


クキ流人心掌握術!まずは相手を褒める!


「技術者としても優秀だって聞いたぞ。俺と歳変わらないのに凄いな!」

「……そんなことはない」


照れてる!効いてるな!よし、次は相手のことをさりげなく聞いてみる!


「昔から何か作るのが得意だったのか?なんで技術者になろうと思ったんだ?」

「……………」


………あれ?

部屋の温度が一気に下がったのを感じる。ノーマの顔から一切の表情が消えた。


「時間がなくなる。無駄話はやめて武器のテストに戻るぞ」

「………はい………」


失敗だ。どう考えても失敗だ。目の前で開きかけた扉が、あっけなく閉まる音を俺は聞いていた。




「うわっ!」

「気をつけろ。きちんと体を支えていないと怪我をするぞ」


武器のテストに戻った俺は、ノーマに言われるままに色んな武器を試していた。

どれも扱いが難しくて、うまく作動しなかったり反動で転けたり。俺、才能ないのかなぁ。

自信を無くしかけた時に渡されたのはナイフだった。


「ひとまず風のナイフを試してみるか………どうした?」

「え?……ああ。ナイフはなんだかしっくりくるなと思って。貧民街時代の名残だな」


呆けた顔でもしてたのだろうか。ノーマに不思議そうに尋ねられた。


「貧民街にいたのか?」

「ヤドに会うまではね。その後トーカにアジトに連れて行かれたんだ。あ、アジトには貧民街育ちの友達がいてさ、ナイフの扱いが上手いのは貧民街あるあるだよな〜なんて言ってたんだよ」


イッカとウノを思い出す。思わず笑顔になっていると、ノーマが驚いた顔をした。


「?どうした?」

「……なんでもない。テストを続けるぞ」


玉をいれたナイフを振ってみる。動きに合わせて風が巻き起こった。少し腕を持っていかれるけど、楽しいなこれ。


「ナイフは相性がよさそうだな。あとは特性を何にするか……」

「ノーマ。ヒスイ君。所長室へ来てください。話があります」


サリが突然訓練室にやってきたかと思ったら、テストの中止を告げられる。


「サリさん。何かあったんですか?」

「詳しくは所長室で。さあ、急いで」


急かされるままに訓練室をあとにする。テストで使われた武器が置き去りにされたまま、扉が閉められた。




「侵入者………ですか?」

「そうなの。今朝から不審な情報が何件かあってね」


所長室にはプティとトーカがいた。そこでプティからラボに侵入者がいることを告げられる。


「でもラボのセキュリティは完璧ですよ。誰も入れるはずがない」


ノーマが信じられないという声を上げる。

たしかにここに侵入するのは並大抵のことじゃないと思うけどな。


「私もそう思うんだけどねぇ」

「ですが、何者かによる情報へのアクセスや資材を物色した形跡が確認されています。侵入者でなくとも内部の者の可能性もあります。今のところ大きな被害はないですが、警戒すべきかと」


サリが厳しい口調で進言する。

この人がここを仕切ってるって言ってたもんな。心配事は解決したいよな。


「そうね。ひとまず侵入者の件は調査を進めるとして、トーカさんとヒスイ君にはいったんアジトに戻ってもらおうかしら」

「えっ!」


他人事みたいに聞いてた侵入者の件が、急に自分に降りかかってきて驚く。


「ヒスイ君は組織にとって重要な人材です。侵入者だってヒスイ君を追ってきたのかもしれないでしょ。このままうちにいて何かあったら大変だもの。いったんアジトに戻った方がいいわ」

「でも………」


せっかく俺も武器を持っていいってなったのに………

トーカを見る。平然とした顔でプティさんに了解を伝えていた。


「ただ迎えが来るまで時間がかかりますから。明日の朝まではいさせてもらえませんかね?」

「わかりました。でもお二人は部屋からは一切出ないようにお願いします。食事などは運ばせますし、何かあれば人を向かわせますので」

「すみませんね」


サリに釘を刺されたあと、ノーマが部屋まで送ってくれることになった。




「ちょっと待っててださい」


訓練室の前を通った時、ノーマが思い出したように立ち止まった。

部屋に入って何かを取ってきたと思ったら、さっきテストで使ったナイフだった。


「ここにいる間は持っていろ」


エネルギーの玉と一緒に渡される。


「ああ………ありがとう」

「ラボに誰かが侵入するとも裏切り者がいるとも考えられんが、身を守って損はないからな」


ぶっきらぼうに言われるが、心配してくれてるんだろう。案外いいヤツらしい。


「そうだな。助かるよ」

「……では部屋に向かいましょう」


渡すだけ渡したら、さっさとまた部屋へ向かって歩き出してしまった。

隣でトーカがニヤニヤしている。やめろ、その顔。




「しっかし、妙なことになったね〜」


部屋に戻るなりトーカはソファで寛ぎだした。


「緊張感がないな。侵入者がいるかもしれないのに」

「ああ、それ。大丈夫。そんなもんいないから」

「はぁっ⁉︎」


手をヒラヒラ〜っとさせて先ほどまでの話を無かったことにされる。


「ここには入り口で話した以外にも何重ものセキュリティがかけられてるの。そんな鉄壁の要塞に侵入した人間が、あんなわかりやすい痕跡残すはずないでしょ」

「わかってるなら、なんでみんなに言わないんだよ」

「侵入者はいないけど、いると思わせたい人間はいる。だからソイツを見つけないと何の解決にもならないからね」

「その感じだと、ソイツの目星もついてんだろ」


重要なことを隠して振り回す。トーカのやり方には慣れている。そう何回も騙されてたまるか。


「ん〜。そうだねぇ。せっかくノーマくんが優しさを見せてくれたんだし、お前にもいっちょ働いてもらおうかな」


トーカが嬉しそうにこっちに近寄ってくる。しまった。墓穴掘ったかも。




「トーカさん、ご用ですか?」


ノーマが扉をノックする。トーカが部屋へ迎え入れた。


「ああ、俺の銃が調子悪いこと忘れててね。ここにいる間に見てもらいたいから、所長室まで連れてってくれるかな。プティさんには連絡してあるから」

「俺が持っていきますよ」

「いや、色々説明したいからね。自分で持って行きたいんだ」

「ですが、ヒスイが1人になりますし」

「部屋に鍵かけて出ないようにするから大丈夫だよ。すぐ戻るしさ」

「はあ。それなら。……おいお前。絶対に部屋から出るなよ」


ノーマに激しく睨まれ釘を刺される。なんで俺にはそんなに当たりがキツイんだよ。

素直に「はい」と返事すると2人は部屋を出て行った。




しばらくボーッと部屋にいると、扉の前に人の気配を感じた。来たな。俺は布団を被ってベッドに潜り込む。

カチャリ。扉の前の人物は鍵を開けて部屋に入ってくる。部屋を見渡すと、俺のいるベッドに向かってきた。


『さあ来い』


ベッドの前まで来たところで、布団を蹴りあげて侵入者に被せる。そのまま思いっきり突進して侵入者を押し倒し、馬乗りになった。

首にナイフを突きつける。


「動く……」


動くなと言おうとした瞬間に足に激痛が走る。しまった。電気系の武器を隠し持ってたのか。

痛みに怯んだ隙に体を跳ね除けて逃げられる。追いかけたいが足が痺れて動かない。


『クソッ!どうすれば……』


ギュッとナイフを握りしめる。埋め込まれた玉を見て、一つだけアイデアが浮かんだ。

一か八かだけど…


「えいっ!」


思いっきりナイフを投げる。気づいた相手は振り返ってあっさり避けてしまう。だが顔の横を通り過ぎたナイフが、風を起こして顔を覆う布を切り裂いた。


「………サリさん?」


あらわれた顔はよく知った顔で。

俺の呟きに顔を歪めたサリは、そのまま部屋の外へ走り去ってしまった。

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