第18話 ラボ

荒れた岩肌の前に立つ。

アジトの入り口によく似ているが、こちらは穴も何もない。

隣で自信満々に立っているトーカに疑問を投げかける。


「ここが目的地なのか?」

「そ。ここが今回の目的地。我が組織ご自慢の技術研究所、通称ラボだ」

「どこにも入り口がないんだが?」

「ふっふっふ。うちの技術者達が、そんな簡単に入れる研究所を用意すると思ってか。見よ!これがうちの技術力だ!」


トーカが岩の向こうに消えていく。

驚いて手を伸ばすと、俺の手も岩の向こうに吸い込まれた。


「何で!」

「そのまま歩いてきてごらん」


トーカに言われた通りにすると、岩だと思っていた部分をすり抜けた。なんだか気持ち悪い。


「入り口はわからないように岩の映像で隠されてるんだよ。ちなみに誰かが通ればすぐわかるから、侵入者は入った瞬間に蜂の巣にされます」


怖っ!

技術者ってみんな容赦ないのかな。シムトを思い出した。思い出してしまったのがイヤで、首を振ってあの暗い瞳を頭から追い出す。


「少し進めばちゃんと扉のある入り口があるから、まずはそこまで歩こう」


岩の映像を抜けた先は普通の洞窟だった。こちら側から入り口の外を見ると普通の景色だ。不思議な場所だな。


「さ〜って、ラボのみんなは元気かなぁ」


上機嫌なトーカの横で、俺は少し緊張しながらラボへの道を歩いていた。




そもそもなぜこんな所にいるのか。始まりは昨夜に遡る。

アジトに戻って一ヶ月。俺は仕事もなく平和な日々を過ごしていた。トーカは相変わらず出たり入ったりと忙しそうにしていたが、昨日は早く帰ってきたかと思えば荷物の用意をしろと言われた。


「明日からまた出かけることになったからね」

「仕事か?」

「いや、今回は違うよ。お前をラボに連れて行こうと思って」

「ラボ?」

「うちの技術研究所」

「なんでまたそんなとこに?」

「ん〜?そろそろお前にも武器が必要かなぁと思ってね」


ガタッ!

『武器』の一言に思いっきり反応して椅子から落ちそうになる。


「それって……」

「詳しくはラボに着いてからね。俺はみんなと明日からのこと相談してくるから、用意できたら先に寝てるんだよ。明日の朝は早いからね〜」


中途半端な情報にソワソワしながら荷物をまとめる。トーカが戻ったらもっと聞き出してやろうと待っていたのに、気づいたら寝てしまっていた。




「お!ホッジ!久しぶりだなぁ!」


歩いて1分もせずに大きな扉が見えてきた。

扉の前にはガタイのいい男性が立っている。


「トーカ。相変わらず締まりのない顔だな」

「失礼な。これでも30歳になって大人の色気がでてきたねって評判なんだぞ」


思わず吹き出す。誰も言ってねぇよ、そんなこと。


「おや?この子が噂のヒスイくんか?」

「はい。この子がうちの可愛いヒスイくんです」


頭を抱え込まれ肩に寄せられる。

クキとの会話以降、何か吹っ切れたのかやたらとベタベタ触られるようになった。気色悪いので最初は抵抗したが、もう諦めた。


「俺はホッジだ。このラボの門番をしている。よろしくな」


ホッジが手を差し出したのでやっとトーカから解放される。握り返した手はゴツくて力強かった。いいなぁ。俺もこれくらい力が強ければいいのに。


「プティさんと会う約束してるんだけど、どこにいるかな?」

「ああ。聞いてるよ。所長室で待ってるから行ってきな」


入り口の扉が開けられる。その先は無数の扉がついた長い廊下だった。


「所長室は一番奥だ。行こうか」


ホッジに見送られ長い廊下を歩き出す。

冷たい金属で固められた廊下は、無機質で人が来るのを拒んでいるようだった。




「トーカさん。久しぶりですね。お元気そうで何よりです」

「プティさんも相変わらずで。今回はありがとうございます」


所長室にいたのは40歳くらいの女性だった。おっとりしていて、そんなに偉い人には見えない。


「いえいえ。その子がヒスイくんですね。私はここの所長のプティです」


手を差し出されたので挨拶をしながら握り返すと、そのままぎゅっと掴まれた。意外と力が強いな、この人。


「なるほど。あまり重量系の武器ではないほうがいいですね。身体も成長途中ですしなるべく負担のない方が………」

「あ、あの〜」


手を握りながらブツブツ言い出したプティに、離してくれるよう声をかける。

我にかえったプティは慌てて手を離してくれた。


「ごめんなさい。私、考え事をしだすと止まらなくて……」

「はあ……」

「プティは優秀なんだよ。俺の銃も彼女が作ったんだ」

「そうなんですか」

「物を作るのは得意なんです。でも所長としてみんなをまとめるのはどうにも」


コンコン。

扉をノックする音に会話が中断された。プティが返事をすると、若い男性と少年が入ってくる。少年は俺と同い年くらいだろうか?


「所長。ノーマを連れてきました」

「サリ。ありがとうございます。トーカさん。ヒスイくん。この子はノーマ。今回の武器作りは彼に担当してもらおうと思います」

「えっ⁉︎」


思わず声がでたら、ノーマという少年に睨まれた。


「ノーマはヒスイくんと歳も近いから色々相談しやすいでしょう。大丈夫。この子は優秀だし、私もサポートしますから」

「はあ……」


いや、さっきからずっと睨んでくるんだが。とても一緒に武器を作る態度には見えない。


「ではノーマ、あとのことは任せましたよ」

「お任せください、所長。……さあ行くぞ」

「えっ?あっ、ちょっ」


ノーマに腕を引っ張られて無理やり扉へ向かわされる。痛い。地味に痛いんだが。


「ヒスイ〜。しっかり頑張るんだよ〜」

「ノーマ、仲良くね」


大人達の呑気な声に見送られ、俺とノーマは部屋を後にした。




「ちっ、弱いな。この程度の握力しかないのか」


ノーマに連れて行かれた先は運動器具のたくさんある部屋だった。そこで俺はあらゆる体力テストをさせられている。


「次は反射神経を見るぞ。こっちへ来い」

「………はい」


疲れた。簡単なテストとはいえ、休憩もなくずっとだとさすがに体力が持たない。でもノーマの有無を言わさぬ圧力が怖すぎて逆らえない。


「これで全てだな。適性のありそうな武器を何種類か試してみるか」

「………あの〜」

「なんだ?」


怖い。ちょっと話しかけただけでめっちゃ睨んでくる。怖い。


「なんでそんなに不機嫌なんですか?」

「………俺はお前が嫌いだ」


………は?

え?今日初対面だよね。俺、何もしてないよね。


「なんで」

「俺はヤドを役目から解放したい」


ヤド?なんで今?てかヤドのこと知ってるの?


「誰かを犠牲にしないと世界を保てないなんて、技術者の名折れだ。技術は人を幸せにするためにあるものだ。俺はヤドに全てを押し付けて満足してるヤツらのことを技術者とは認めない」


ああ。そう言えばヤドを解放する研究をしてるヤツもいるって、トーカが言ってたっけ。ノーマがそうなのかな。


「だからヤドの権力を傘にきて好き勝手してるお前のことも嫌いだ。というか認めてない」


…………え?


「だが与えられた仕事はきちんとする。今日の結果をまとめて、明日何種類か武器を試してもらう。朝9時にここに来い」


用件だけ伝えると、ノーマはさっさと部屋を出て行ってしまった。

残された俺は与えられた情報を処理しきれずに立ち尽くしている。ノーマに俺の居場所を聞いたトーカが迎えに来るまで、ずっとそのままでいた。




「あっはっは。それはまた随分と嫌われたもんだね」


武器作りには何日もかかるので、俺たちは寝泊まりするのにラボの1室を与えられた。

石のように立ち尽くしている俺を回収して部屋に連れてきたトーカに、さっきのことを話すと大笑いされた。


「笑い事じゃねぇよ!何なんだよ好き勝手してるって!考えたこともねぇよ!」


ボスボスと枕に八つ当たりする。やっと笑いのおさまったトーカが涙を拭いながら言葉を続けた。


「盛大な勘違いだねぇ。なんでそうなったんだか」

「俺、明日からあいつと武器作んの?人選ミスなんじゃねぇの」

「プティさんはノーマのこといい子だって言ってたし、サリも推薦してたから間違いないと思うんだけど」

「サリってノーマを部屋に連れてきた人?」

「そう。若いけどしっかりしててねぇ。プティさんは研究以外のことはからっきしだから、実質ここを仕切ってるのはサリなんだよ」


そうなのか。まあプティさんおっとりしてるもんな。所長とか向いてなさそう。


「じゃあ、あいつも俺の事情は知ってるのか。と言うか、なんでノーマがヤドのこと知ってるんだ?」

「ここにいる人はみんな知ってるよ。もともとヤドを解放するために作られた場所だからね」

「そうなのか!」

「うちの組織を作ったのは、ヤドを繋ぐ機械の開発者なんだよ。人を機械に組み込むことに耐えられなくなって、教会から逃げ出してさ。ヤドを使わずに世界をコントロールできないか研究する場所を作ったのが、うちの始まり」

「あれ?でも開発者の子孫はシムトだって」

「開発者の1人、と言ったほうが正しいね。何人もの人間が関わって作られた物だから。考えの違いも生まれたんだろ」

「じゃあ、ここにいる人たちはみんなヤドの解放のために研究してるのか」

「そうだね。組織に人が集まってくうちに人助けなんかもするようになったけど、ここはそのままの理由で存在してるね」

「なら俺の存在は面白くないかぁ」

「それはノーマの勘違いだけどね。まあ話せばわかってくれるよ。たぶん」

「無責任な言い方だな」

「はっはっは。最近お前は周りに甘やかされっぱなしだったからね。たまには苦労したらいいんだよ」


心底面白いといった感じでトーカが笑う。久々に一発殴り飛ばしてやりたい気分になったが、馬鹿馬鹿しいのでやめた。

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