第162話 表紙デビュー


 あそこまで腐った奴は初めて見た。


 自分の妻を物ように扱って交渉するとか真正のクズだな。

 あいつは帰っていたが、俺の中で怒りはまだ収まりきっていない。


 んー……やっぱり右手で眉間を触ると明らかに寄っている。


「ごめんなさいね、ユッキー君。うちのモデルが」


 鳴さんが申し訳なさそうに、こちら謝罪してきた。


「なんであんなのが居るんですか?」


「どこにでもいるわよぉ。顔が良いから器用してるの。男性で美形となると他と取り合いよ」


「……はぁ、嫌な世の中ですね」


「それを男の貴方から聞くと思わなかったわぁ。それより〜、貴方の妻をなんとかして頂戴。押さえておくの大変だったのよ?」


 鳴さんが視線を向けた先を見ると―――


「離して! お兄ちゃんバカにしたあいつ叩きのめすんだから!」

「そうよ。そんなに顔が自慢なら鎖で殴打して変形させてあげるだけよ」

「流石にダメです! 気持ちは分かるけど! お姉ちゃんも権力で叩きのめしてあげたいけど! 雪君がカッコいいところだからー!」


 今にも追いかけて、叩きのめしそうな海と時雨を桜が腕を掴んで、止めていた。


「あー……海も時雨も落ち着けって、俺はなんともないから」


「お兄ちゃん甘すぎ、舐められたら絞めとかないと」

「どこのヤンキーだよ」


「顔を変形させることの何が悪いのよ。治療よ治療」

「顔を弄ったりするのは医師の仕事だから!」

「なら私が医師になれば、あいつを殴打して変形させてもいいのね? 将来は美容医師に決まったわね」

「医療ミスゥゥゥゥ! いや、医療ですらねぇわ! というか、そんなくだらないことで将来決めるなよ!」


 いくらあいつがムカつくとは言え、暴力は辞めて欲しい……

 海や時雨には出来るだけ心穏やかにいて欲しいものだ。


「はぁ……すいません、俺の妻が過激で……」


「普通逆のことが多いんだけどね……んまぁ、それはそうと、どうしようかしら」


「? 何がですか?」


「夕方からあの子の撮影で、表紙を撮る予定だったのよぉ。撮影に来なさそうだしぃ……困ったわねぇ」


 頬に手を当て、これからどうしようか悩んでいるようだ。


「姉さん、この際大淀君を使って見ても良いんじゃない?」


 困っていた鳴さんに栞さんが提案をした。


「えっ、俺が表紙でいいんですか?」


「んー、そうねぇ…………良いわ。そうしましょう!」


 んー……雑誌の中でちょっと映ってる位で良かったんだが、地味に大事になった気がするな。


「どうかしら、ユッキー君。お給料も弾むわよ?」


「ユッキー撮っちゃいなよ! 記念記念!」

「お兄ちゃんが表紙……!」

「複数買う必要があるわね」

「鑑賞用、保存用、自分用の3冊は欲しいですね」


 海達も喜んでいそうだし…………男は度胸だな!

 だが、俺だけ映るというのは寂しい。

 どうせなら…………


「わかりました。お引き受けしようと思うのですが、1点だけお願いしてもよろしいでしょうか?」


「何かしら?」


「1枚だけでも良いので、妻達とも一緒に映ることって出来ませんか?」


「あの子達と一緒に? ふーん……」


 鳴さんはジロジロと海、時雨、桜を眺め―――


「良いわよ! あの子たちも素材が良さそうだし、一緒に撮ってあげちゃう!」


「ありがとうございます! であれば、お引き受けします」


「私もお兄ちゃんと一緒に……!」

「私も3冊買おうかしら」

「私はお姉様達に、自慢する為にあと10冊は追加です!」


「んふ、そうこうなくっちゃ! 衣装部隊! カモン!」


 鳴さんが腕を上げて指をパチンと鳴らしながら宣言すると、数人のスタッフが俺の周りに集まった。


「やっておしまいなさい!」


「「「はい!!」」」


 数人のスタッフは俺の腕をがっしり掴むと俺をスタジオの外へと連れ出した。

 もちろん俺1人になることはなく、海が後ろから付いてくる。

 そのまま先程の衣装部屋に戻り、あれやこれやと俺に衣装をあてがいながら、数点……いや、10点近くまで絞り、ガヤガヤと相談している。

 その間俺は放置なわけで……暇である。


「お兄ちゃん疲れてない?」


「ん、少し疲れてきたけど、まだ大丈夫だぞ」


「撮影どれぐらい掛かるかわかんないもんねー。お昼も食べる必要あるだろうし、ちょっと聞いてみるね」


 そう言いながら、俺から少しだけ離れて電話を掛け始めた。

 聞こえてくる内容から相手は時雨のようだ。


「お兄ちゃん、鳴さんって人がお弁当用意してくれるらしいんだけど、それでいい?」


「わざわざ用意してくれるのか。それでいいよ。あとでお礼言わないとな」


「分かった。時雨姉、至福のデラックス幕の内匠の技スペシャル弁当でお願い!」


「なんだその無駄に長い高そうな弁当は……」


「一番高い奴だよ。鳴って人がお詫びにだって」


「そういうことね」


「さぁ、お着替えの時間ですよ!」


 スタッフの人たちの準備が整ったようだ。

 それから俺は幾つ物衣装に着替えてスタジオに行ってはカメラマンや鳴さんの指示を聞いて撮影を続けた。

 間に昼食を挟んで愛羅だけでなく、海や時雨や桜ともツーショットで撮影を行い、終わった頃にはもう夕方だった。

 撮った写真を全部使うわけではなく、候補を選んでファッション雑誌に載せるらしい。

 まぁ、かなりの枚数撮ってからな……

 なお、実際に雑誌になるのは最低でも一ヶ月先になるらしい。


 楽しみ半分、気恥ずかしさ半分といった感じだ。


★********★

年内最後の更新です。

皆様良いお年を。

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