第126話 神藤 桜④
私と愛羅ちゃんは熊を見ながら一歩、また一歩とゆっくり下がっていきます。
熊はその場から動くことなく、こちらの様子を伺っているようです。
少しずつ距離が開いていき、このまま逃げれればと思っていたけど、そううまくはいかないようです……
「わわっ!? イテッ!」
何かに躓いたのでしょうか……私の横で愛羅ちゃんが後ろ向きに倒れてしまいました。
「愛羅ちゃん!?」
一瞬だけ愛羅ちゃんを見て直ぐに熊に視線を戻すと、熊がゆっくりとこちらに近づいてきました。
よくありせんね……
「愛羅ちゃん、立てますか?」
「イテテテ……だ、大丈夫……けど、ちょっと足痛いかも」
「……そうですか」
……どうするのが正解なのでしょうか? ネットでの知識しかありませんので、この場合の対処法がわかりません。
愛羅ちゃんを見捨てるわけにはいきませんし、かといって熊が来るのを見過ごすわけにはいきません。
……一か八かの賭けですね。
私は熊を見ながらしゃがんで、愛羅ちゃんが躓いたであろう石を拾います。
「愛羅ちゃん、すみませんが、合図をしたら痛いのを我慢して全力で走ってください。死に物狂いで」
「……えっ?」
「私が熊を引きつけますから、愛羅ちゃんはダッシュで戻って先生に伝えて下さい。あと後続がいたら戻るように指示を。持久力には自信があるんですよね?」
「あるけど! サクサクはどうするのさ!?」
「なんとかします」
「いや、なんとかって!?」
「携帯も持ってきていますから大丈夫です。ふふふ、私これでも運動は得意なんですよ?」
「そういう問題じゃ「愛羅ちゃん、私を信じて」サクサク……」
「行きますよ―――――――――今です!!」
「くっ!!」
合図すると同時に私は全力で熊に石を投げつけ、愛羅ちゃんはダッシュで来た道を戻っていきました。
石は熊の顔に命中し、私のことをギロリと睨んで来たので、私は森の中に入り、全力で走りました。
木々を避け、木の根を飛び越え、枝に服が引っかかろうとも、自分の肌が切れようとも、一心不乱に走りました。
走っていると、急に視界が開き、森を抜けて目の前には川が出てきました。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
私は息を整えながら後ろを見ると、ガサガサと少し遠くの茂みが揺れるのを見ました。
ついてきているのでしょうか? わかりません。
ですが、あの茂みの揺れが熊だったとしたら、ここでのんびりしている暇はありません。
幸い、目の前の川は深くは無さそうです。
私は躊躇なく川に入り、向こう岸を目指します。
思った通り、水位も膝位までしかありません。
そのまま川を渡り、後ろを見ると、ちょうど茂みから熊が顔を出してきました。
…………しつこい!!
私は川を渡った先にある同じ森の中に入りました。
先程と同じ様に全力で駆け抜けます。
ですが、既に私の体力は限界だったようです。
注意力が散漫になり、木の根っこに左足を引っ掛けてしまいました。
「くっ!?」
私は地面を転がり、木にぶつかりました。
私は体を起こして、ぶつかった木を背にして、もたれかかりました。
来た道を見ると……来ている感じはしませんね。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
何とか逃げ切れたでしょうか……?
賭けには勝ったようですね。
安心したことで、体中が悲鳴を上げていることに、気が付きます。
全身が痛いです……
あっちこっち切れていて、血が出ています。
特に足を引っ掛けた左足が熱を持ってズキズキします。
折れてはないと思いますが……最悪ヒビ位は入っていそうですね……
一先ず、逃げ切れたと仮定して、連絡をしましょう……
私はポケットから携帯を取り出し、画面を見ました。
「はぁ……そうですよね……」
コテージでもアンテナが一本しか立っていなかったのに、こんな森の中でアンテナが立つわけありませんね。
やっぱり、このやり方は間違っていたのでしょうか……
愛羅ちゃんは多分助かったでしょうけど、あとのことは携帯で連絡する位しか考えてませんでしたね。
まぁ、でも、何でも完璧にこなすお姉様達とは違い、一歩足りない私としては、頑張った方ではないでしょうか?
私は最悪このまま…………いけませんね。
疲れて思考がネガティブになっています。
私は思考を変えるために、ふと空を見上げました。
「……綺麗」
空気が澄んでいる証拠でしょう。
空にはいくつ物星々が輝いていました。
雪君と二人で寄り添って、この星空を眺めたかったです。
でもきっと、反対側には時雨ちゃんがいて、邪魔してくるでしょうけど。
そして三人固まっていれば、愛羅ちゃんも来てワーワー言いながら、楽しめたでしょうね。
そんなことを考えながら、ボーっと星を眺めている内にどんどん眠気が襲ってきます。
……体が重いです。
少しだけ、寝てもいいでしょうか?
もう一歩も動けません。
あぁ……今日も雪君と一緒に寝るつもりだったのに……
私の……理想の……弟君………………
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