第40話 坂間 時雨
私には男の子の幼馴染がいた。
名前は雪と言うらしい。
当時の私はなんの違和感も抱くことなく、お隣に住む子として接していた。
だが、幼稚園の年長に入ったくらいだろうか。周りから、うらやましがられることが多くなった。
「しぐれちゃんはいいなー。男の子が近くにいて」
「どうして?」
「近くにいるならいずれ結婚するんでしょ? 結婚って簡単にはできないらしいから」
「そうなの?」
「うん、それにしぐれちゃんなら第一夫人だってなれるよ」
当時の私は結婚することに何も思うことがなく、そうなんだとしか考えていなかった。
母親からも、時雨はいずれ隣の子と結婚するのよ? 仲良くしなさいね。と言われ、とりあえず仲良くすることにした。
小学生になるのが近づくにつれ、私は結婚の意味を少しずつ理解していった。
そっか、私この子の妻になるんだ。
そこに恋愛感情なんてものはなく、言ってしまえば許嫁だった。
この頃から恋愛漫画を読んだりして、恋人の関係に憧れてはいた。
これからもっと仲良くなって恋人の様な関係に近づいていくのかな? 私はそう考え、それに向けてとりあえず仲良くしておくだけの存在だった。
小学生になり、変わない日々を過ごすのだろうと思った矢先に事件が起きた。
私は先生に用事を頼まれ、雪から離れていた。用事が終わり、嫌な予感がして教室に戻ると雪の周りにはクラス中どころか他のクラスの女の子達に囲まれずっと泣きながらキスをしていた。
私は慌てて止めに入り、なんとか保護することに成功したのだが、それから雪は女性に対して恐怖心を持つようになってしまった。
それから雪は私に対しても少しだけ距離を取るようになってしまった。
そこで私は時間が解決してくれるだろうと高を括ったのが間違いだった。
雪は平穏に過ごしたかったのだろうが、周りがそれを許さない。何度か大変な目に合うのを阻止はしてきたが、全部防ぐことは無理だった。
その結果、中学に入ってからはほとんど話すこともなく、雪は部屋に引きこもってしまった。
時折、学校に行くために姿を見せるが、こちらから話しかけても返事が返ってこない。
このままではいけないと思いながらも、雪のお母さんに相談してみんなでお出かけしたり、キャンプに行ったりと色々やりはしたが、雪の声を聞いたのは両手で数える位だ。
それも、『あぁ』、『うん』、『いや』、『おい』、などの一言ばかりだった。
どうすればいいのだろうと当時は悩んだ。
この頃にはもう恋人のような関係はないと理解していた。
だが、どうせ結婚することにはなるのだ。高校に入れば、嫌でも花嫁を探すだろうと思い、私はそこで一旦放置することにした。
そんな時を待っている間に、今度は雪が階段から落ちて意識不明になった。
どれだけ前途多難な人生なのだろう。
しかし、私にはどうすることもできず、ただ彼の無事を心の中で祈っていた。
そして、雪が目覚めたと海から連絡があった。
「お兄ちゃん目が覚めたよ」
「そう、無事でよかったわ」
「ただね……」
「ただ?」
「記憶喪失になっちゃったみたいなの」
「……へ?」
私は呆然としてしまった。どこかで選択肢を間違えたのだろうか?
……傍にいなかったのが間違いだったのだろうか。
海は大丈夫だと言うが、ともかく私は海と一緒に病院に行くことにした。
そして、今の雪と出会った。
「えっと? こんにちは、俺の知り合い……でいいんですかね?」
本当に記憶を無くしているようだ。
この際だ、少しからかってみようと考えた。
「私は坂間 時雨、貴方の幼馴染で……恋人よ♪」
そう言うと雪はすごく驚いた顔をしている。
ものすごく久しぶりに雪のそういう顔を見た気がする。
だが、その冗談は海は許してくれなかった。
スパーン!
ハリセンで頭を叩かれた……地味に痛い。
「何勝手に恋人になってるんですか? いくら時雨姉でも許しませんよ?」
「痛いじゃない! 本当に覚えてないか確かめただけよ……?」
恋人……漫画などを読んで昔は憧れていた。
だが、実際にはそんなものはなく、ただ結婚をするだけだ。
恋愛漫画に嵌っていた当時は恋人という存在に夢を見ていたが、現実を見るに連れそんなものはないと理解していた。
だがせめて、第一夫人の座にはなりたかった。
第一夫人には第一夫人の権力がある。それを理解しているから私はもう一手だけ今の雪に打ってみた。
「そう……じゃあもう一ついいこと教えてあげる」
「何々?」
「私は将来結婚する約束をした許嫁よ!」
「まじで!?」
スパーン!
「だから勝手に既成事実作ろうとしないで」
「……幼稚園の頃約束したもん……」
実際はしていない。でも、私の方が先に雪と仲良くなったのだから私に第一夫人を譲ってくれてもいいんじゃないかしら?
いくら、海が妹だからと言ってちょっと横暴な気がする。
そして、雪との対話を終え、雪が退院した時から再度接触をはかることにした。
今の雪は言ってしまえば無防備だ。
貞操観念が無くなり、こちらの都合がいいことを言えばそれを鵜呑みにしてくれる。
今までの雪と比べれば格段に扱いやすい。
だから私は、積極的にアピールすることにした。
正直、楽しかった。
海が道を切り開いてくれて、私がその道を広げる。
王様ゲームではちゃんと私に反応してくれて、今後安心できると確信した。
そのあと、雪は雪じゃないことを知ったが、悲しい気持ちはあったけど、雪がやさしくフォローしてくれて、それを補い余りあるほどの幸福が私には芽生え始めていた。
そのあとも雪と色んな話をした。
私の一言で一喜一憂する雪を見ているだけで楽しくなる。
嬉しそうな顔も、勘弁して欲しそうな顔も、困った顔も、恥ずかしそうな顔も、私には新鮮に思えた。
そして、雪に抱きしめてもらったり、キスをすることで確かな幸せを感じることができた。
雪に抱きしめてもらい、そのまま寝た時には心がずっと温かかった。
今までのことを忘れるくらいに私自身もこの日々を楽しめていた。
この幸福を―――幸せな日々をずっと―――
前の雪は守れなかったけど、今度の雪は絶対に守ろうと私は決意した。
今度こそ雪に悲しい思いはさせない。
二度とあんな思いをして欲しくない。
今の幸せがずっと続けばいいと願った。
―――でも、運命はなんでこんなにも残酷なものなの。
こちらがどれだけ平和を望もうと向こうからやってくる。
ショッピングモールに買い物をした帰り道、この辺で雪を見かけたという三人と私は対峙している。
ここで逃すわけにはいかない。
ここで逃せば、また近いうちに雪に襲い掛かってくる。
もうすぐ高校生なのだ。妻を探さないといけないという大切な時期に邪魔をさせるわけにはいかない。
「どきなさいよ小娘!」
「この状況でどくと思ってるの? おめでたい頭してるのね?」
「このあまぁぁぁぁぁぁ!!」
スタンガンを持った女が私にスタンガンを押し当てようとしてくる。
だけど残念。こっちは護身術を習っている。
私はその手を躱す。すれ違い様に相手の手首を捻り上げようとするが―――
「動くんじゃないよ!」
「これで動けないでしょ!」
残りの女二人が私にしがみついてきた。
上半身に一人、下半身に一人。
これは流石に動けないわね。
1対1を3回ならまだ私に勝機があったと思う。
でも、1対3なら流石に無理。相手もそこまでおめでたい頭ではなかったらしい。
「あんたを痛めつけてあの男がどこにいるのか吐いてもらおうかしら!」
スタンガンを持った女がこちらに近づいてくる。
当たったら痛いんでしょうね……
そのあとは……きっと暴行を受けると思う……
痣になったらどうしよう。痣だらけの私でも雪は見てくれるかな……
きれいな姿で、一緒に買った服を雪に見てもらいたかった……
そして、女は私にスタンガンを――――――
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