第9話 海のインプリンティング②


 ファーストキスなんてものはなかったいいね?

 そう自分に言い聞かせコーヒーを飲む……うんさっきよりしょっぱく感じるのはこの頬を流れる水がコーヒーに入ったからだろう。


 そんな悲しい気持ちを忘れさせるように、海と時雨が笑いながら話しかけてくれる。


 どれだけ恵まれているのだろうか……


 この世界の男性は確かに辛いことが多いのかもしれない。


 それでも、周りにこれだけ支えてくれる人達がいるのは心強い。


 まだこの世界に来て数日しか経っていないが、これなら……この二人がいるのならこの世界でもなんとかやっていけるだろうと、どこか安心できるものがあった。


「じゃあそろそろ、お兄ちゃん私の部屋で遊ぼ?」


「俺の部屋じゃなくて海の部屋にいくのか?」


「そっ♪ 女の子に慣れる為に、定期的に私の部屋に来てたんだよ?」


「ふーん、じゃあいくかー」


 立ち上がり、海について行く。

 リビングを離れ、二階へと続く階段を登っていく……時雨に抱き着かれたまま。


「なんで、時雨姉までついて来てるの?」


「いや、逆になんでこの状態で雪と二人っきりになれると思ったのよ」


「そこは空気読んでよ」


「そういう空気を出せるようにしなさいよ」


「まぁまぁまぁ、3人で仲良く遊ぼうぜ?」


 そんな話をしながら二階に着くと海が説明してくれた。


「この階段登ってすぐの部屋がお兄ちゃんの部屋で、向かい側が私の部屋、私の部屋の隣がお母さんの部屋で、お兄ちゃんの部屋の隣はトイレだよ」


「ここが俺の部屋なのか」


 そこには雪と書かれたプレートが掛けられた扉があった。


 前の雪がずっといた部屋、引きこもりだと言われていたことからこの中が前の雪の世界だったと言っても過言ではないだろう。


 気のせいなのかもしれないが、少しだけ他者を遠ざけるような重たい空気を扉から感じる。


「さ、お兄ちゃん、先に私の部屋に行こう? 自分の部屋なんてあとで見たらいいでしょ?」


 そういって俺の手を掴み、その場から離れさせるように強引に海は自分の部屋へと俺を引っ張っていく。


「ほら、ここが私の部屋だよ?」


 入った部屋の中を見回す……


 女の子の部屋に初めて入ったけど意外と普通? なのかな?


 女の子っぽいぬいぐるみなんかは一切なく、机にベッドにテーブルに本棚に小型のTVと女の子にしては質素な部屋な気がした。


 でも女の子の部屋なんだろうな、すっごくいい匂いがする!


 とりあえず、3人でテーブルを囲んで座る。


「それで? 普段俺はここに来て女の子慣れの為に何してたんだ?」


「……」


「……海?」


 下を向いて固まっている海を眺めているとガバッっとこちらを向いて宣言する。


「作戦たああああああああああいむ!!!」


「えっ!?」


「お兄ちゃんは私のベッドの方に行ってて! いつも通り寝転がって匂い嗅いでもいいから! 時雨姉ちょっとこっち!」


 そう言って海と時雨が対角線の隅に離れて行く。


 しかたないので言われた通りベッドの方にとりあえずやってきた。


 そして海のベッドを俯瞰する。


 え、これに寝転がる……? 匂いを嗅ぐ……? いつも通り……?


 本当にしていいのだろうかと考える理性という名の天使と、今だ! 今しかねぇ! これを逃すと、次はいつ女の子のベッドに入れるかわからんぞ! と性の獣という名の悪魔がバトルを始め俺は固まった。


**********


<SIDE 海>


 私は時雨姉を部屋に隅に呼び出し、作戦を考える。


「ねぇ、確認したいんだけど本当に雪は定期的に海の部屋に来ていたの?」


「ないよ」


「あんたねぇ……」


「そうでもしないと、また部屋に籠っちゃうかもしれないでしょ?」


「それもそうね……」


「ということで、何かアイディア出して? お兄ちゃんを一瞬で発情させてこっちを押し倒して、三日三晩腰を振り続けちゃうような道具ない?」


「アイディアから道具に変わってるじゃない……そんなものあればとっくの昔に使ってるわよ」


「じゃあ、時雨姉の第六感でうまい具合にお兄ちゃんを洗脳できない? 一瞬で性の獣にするような」


「私をなんだと思ってるの? というか貴方も記憶喪失にでもなったの? いつものポーカーフェイスが無くなって終始笑顔じゃない」


「それはそうだよ! 記憶無くしてからのお兄ちゃんすっごくやさしいんだもん。抱きしめられるとか、キスしてもらうとか今まで無かったし、色々とおかしいけど、今のお兄ちゃんの方が好きだもん」


「待ちなさい、キスって何? 貴方さっき私の邪魔しといて何ちゃっかりしてんのよ」


「失礼、噛みました」


「どう噛んだらキスってなるのかしら?」


「噛みまみた♪」


「それで騙せると思ってるの?」


「そんなことより、何かいいアイディアないの? 今がチャンスなんだよ?」


「……あとで覚えときなさいよ……チャンスって何よ?」


「お兄ちゃん記憶がないんだから、今のうちにあれこれしておくとそれが日常だって思い込ませることができるでしょ?」


「刷り込みってことね……となると……」


 時雨姉もチャンスとわかったのだろう、真剣にうんうんと考えはじめた。


「今まで接触する機会が少なかったんだから、可能な限り一緒にいられるようにしたいんだよねー……」


「そうね、その気持ちは私も同じよ」


「あとはちゃんと女の子として意識してもらえるように……言ってしまえばちゃんとお兄ちゃんのMY SONが私達で反応してもらえるようにしないと」


「なんで無駄にネイティブな発音なのよ……まぁ、高校に入ったらあれがあるからそうなって貰わないと困るわよね……」


「そそ、私達の将来の為にも必要」


「……1つだけ思いついたわ」


「お、何々! 教えて時雨もん!」


「貴方さっきから私をなんでも持ってる寸胴体型のロボットと思ってない?」


「? だって時雨姉っていつも外出て何かあると、こんなこともあろうかとっていいながら色々出してくれるじゃん」


「たまたま持ってただけよ」


「たまたま縄とボールギャグを持ち歩く人なんていると思ってるの? 時雨姉ってどMなの? まぁ、あの時は発情した雌犬縛るのに役にたったからいいけどさ」


 そう、昔3人で買い物に行ったときに発情した雌犬がお兄ちゃんに忍びよってきたことがあって、その時になぜか持ち歩いていた縄とボールギャグを使って縛りあげたのだ。


「なんとなくね? そんな予感がしたのよ」


「もう勘じゃなくて未来視じゃん」


「そんなことより……やるわよ!!」


「何を?」


「ここで雪と仲良くなりつつ、身体的接触を増やすにはあのゲームしか……ない!」


「ゲーム?」


「数少ない男が参加する合コンで行われているというあのゲームよ!」


「あー! あのゲームね! 3人でやるの?」


「3人だからこそよ! 私達だからこそ連携できるでしょ?」


「確かに」


 私達は勝利を確信しニッコリと微笑みを浮かべ、テーブルへ戻っていく。


**************************************

祝!1万PV!月曜日なのに3500PV以上増えるとは思わなかったよ……

記念の近況報告?的な物も【記念とかイベントSSとか気まぐれ話】に更新しましたので、気になる方はご覧ください。純粋にストーリーだけ楽しみたい方は閲覧しないように自己防衛をお願いいたします。

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