第88話 檻の中の獣

『あっ、このゴーレム、見た事ある!』

『ほんとだ、ウチの配信事業部の子のじゃないか?』

『八津咲ネイルだ!』


 人間たちは、目の前に表れた存在の危険性に気付かず、無邪気に喜んでいる。

 アルウェンは、そのゾッとするような光景に、思わず演技を忘れて呟いた。

 

「嘘でしょ…この人たち、アレが怖くないの…?」


 恐怖の的から一転、ショーの生贄となった怪物の公開処刑を前に、そんな微かな声を聞き咎める者など1人も居ない。


 黒いゴーレムは、まるで観客に見せつけるかのように、追い詰められた無力な獲物を、無惨に切り刻み始める。


「おるぁ!こう言う事ですよ、こう言う事!」

『3機がかりだと流石に楽ですね。速やかに皆様の安全を確保します。』


 あれほど頑丈だったガーディアンの身体を、魔女と召使いの妖精は造作もなくバラバラにして行く。

 焼き斬られたパーツが宙を舞う度に、悲鳴ではなく歓声が上がった。


『すげええええ!』

『あの動き、生で見るとこんなに速いのか…』

『こりゃグロ注意って言われるわけだわ。』


 湧き立つリスナー達の誰一人として、この力が自分に向くかも知れない、などと言う心配をしているようには見えない。


 アルウェンはこの時初めて、何かを"推す"と言う行為の危うさを認識した。


 悪夢は尚も終わらない。

 多目的タレットで索敵を行っていたヴィオレッタが、次なる脅威の到来を知らせる。


『ヒーちゃん、おかわりが来たよ。今度はちっちゃいのが沢山!』


「えー、またぁ?年寄りの頻尿じゃないんだからさぁ。もう直接出口ふさぎに行った方が早いかな?」


 先ほどまでの様子が嘘のような、緊張感のないやり取りだ。

 その態度の変化が、彼女たちの自分の身はもう安全だと言う認識を、何より雄弁に物語っている。


 そして厄介な事に、今この瞬間に関して言えば、それは正しい。


『今のうちに皆さんをシェルターに避難させれば、ロイの火力を抑える必要は無くなります。こっちの事は気にせず、暴れて来て下さい。』


「ありがと、ディアち!ちょっと様子見て来るわ!ハル、悪いけど2回行動よろしくね。」


 あれよあれよと言う間にHAL-777がエフタル遺跡群に向かう話の流れとなり、アルウェンの…正確にはその端末たるリヴ・タイラーの額を冷や汗が伝った。


 今起きている事態は十中八九、ガーディアンの巡回ルート更新エラーによって生じた、突発性スタンピード現象だ。


 誰かが止めに行くべきである事は確かだが、その誰かがよりによって、この特大の厄ネタになろうとは。


「待って下さい、アシヤさん。私も探査用ゴーレムを連れて来てるんです。すぐに立ち上げますので、ご一緒させて下さい。」


「えっ?タイラーさんも探索やるんですか?」


 タイラーの意外な申し出に、今度はヒカリが目を丸くした。

 ガレージ機材の操作はバイトで覚えたと言っていたが、潜る方に適性がある性格には見えなかったからだ。


「ええ、万年C級ですけど。ここの発掘作業にも参加させてもらってます。」


 そう言ってタイラーが差し出したライセンスカードには、確かに探索者C級と書かれている。


 こんな博打のような稼業を進んで選ぶタイプには見えないが、人は見かけによらない物だと、ヒカリは自分を納得させた。


 常駐スタッフ向けの駐機場は、ロイ達の筐体があった来客用スペースからは少し離れた場所に設けられている。


 ただでさえ数少ない機体は、そのほとんどが暴走ガーディアンへの対処に出払っており、現在の利用者はただ一機。

 リヴ・タイラーの名義で登録されたハンドメイドゴーレム、ELD@RIONエルダリオンだけだ。


 タイラーは手際よくエンジンに火を入れ、固定具を取り外す。


「オ待ちしておりマシた、オ嬢様。」

「緊急事態だ。状況は把握しているな?」


 エルダリオンはコクリと頷くと、主人の後ろに立つヒカリとハルをじっと見つめた。

 全高170cmの小柄な機体が、奇妙な威圧感を醸し出している。


「…エルダリオンと申しマス。アシヤ様と、そのゴ従者の方デスね。以外オ見知り置きを。」


 奇妙な発音の挨拶とともに、天使を思わせる純白の外装が冷たく煌めいた。

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