第87話 知恵と勇気と理不尽な暴力

『お嬢様、1機目を始末いたしました。第2区画の救援に向かいます。』


「ありがとう!私もすぐにそっちの操縦に回るから、モード切替の準備しといて!」


 ヒカリ・アシヤとHAL-777の通信が断片的に漏れ聞こえてくる。

 助手席のアルウェンは、その内容に当然の疑問を抱いた。


「あの…アシヤさん?ひょっとして、アシヤさんのゴーレムは今、完全自律制御で戦っていたのですか?」


「…別に、これくらい普通ですよ。いちいち気にしないで下さい。」


 ヒカリ・アシヤはそう言うが、先ほどの暴走ガーディアンは明らかにアタッカーカテゴリに分類される機種だ。


 モーションも出力も厳しく規制されているはずの自律制御で、こうも簡単に倒せる相手だろうか?


『ヒーちゃん、前方30メートル先に敵影を確認!一旦停めて下さい!』


 携帯端末からレディアの声が響く。

 詮索は後だ。

 先程アルウェンが発進に手を貸したゴーレム達が、人間を守るために出撃しようとしている。


『ようやく出番か!待ちくたびれたぜ、ボス!』

『ロイ、敵機の情報は未だ不十分だ。慎重に行くぞ。』


 車載モニターに同期した2機の視界が映し出される。

 暴れているのは先程と同じ、3メートル級の熊型ガーディアンだ。


 投術杖ブラスターで武装した人間が数人がかりで対応しているが、防御力の差を埋め切れるほどの火力はなく、徐々に後退を余儀なくされている。


「各員突出し過ぎるな!非戦闘員の避難が最優先だ!」


「クソッ!撃っても撃っても怯みすらしない!いったい何で出来てるんだ!?」


 強い衝撃を発生させる術弾が、ガーディアンの装甲表面で次々に弾け、その尽くが何の痕跡も残さず消えて行く。


 明らかに魔力弾体とは相性の悪い標的だが、人間の筋力で携行できるサイズの実体弾砲など、現代には存在しない。

 分の悪い戦いを続けるしかなかった。


『おーい、そこの人間たち!危ねえからどいてくれ!』


「ゴーレム…?援軍か!助かる!」


 ロイが先陣を切って熊型に射撃を開始した。

 半魔力兵器、炎精ヘビィオートボウガン。

 火炎放射では周囲の人間にも危険が及ぶため、妥当な選択だろう。


 炎の術で射出された大型のボルトが空を裂き、敵機の装甲を滅多打ちにする。

 人の手では到底扱えない重量と反動も、重量級ゴーレムなら問題なく運用可能だ。


「GRRRRWwwooo!!」

『あんまり効いてねえな。あの腹が衝撃を吸ってやがるのか。』


 ロイは射撃を続けながら敵機の装甲の弾性変形を冷静に観測していた。

 敵ガーディアンの衝撃耐性の秘密は、装甲の下に仕込まれた多孔質の衝撃吸収材だ。

 機体サイズが大きいのも、その厚みのせいだろう。


 外装全面がこの構造であるなら、動力炉やアクチュエーターに割ける積載スペースはさほど多くない計算になる。


『ロイ、あの熊型に見た目ほどのパワーはありません!接近戦で押さえ込んで!』

『ラジャー、ボス!』


 ロイがパルスブーストを噴かして敵機に突進する。

 周囲への被害を考えると爆雷は使えない。

 あくまでも抑え込んで暴れさせないための接近だ。


『オラッ!大人しくしやがれ!』

「GGGyyy!!」


 がっぷり四つに組み合った彼我の膂力は、ロイがやや不利とは言え、ほとんど互角だ。


 ロイの全高が約210cmである事を考えると、3メートル級の巨体でこれをねじ伏せられない熊型のパワーは、確かに見かけ程ではない。


 代わりに、こちらの武器もロクに通りはしないが、今は2対1だ。

 拮抗した状況だからこそ、手数の差が猛威を振るう。


『イヴ、タレットの設置はオーケー?』

『は、万事つつがなく。』


ZAP!ZAP!ZAP!ZAP!


 夜闇を切り裂いて幾筋もの光が奔った。

 イヴの多目的タレットの最も汎用的な使い方、手数を補うレーザー射撃モード。


 耐衝撃に特化した装甲を、熱エネルギーの槍が掻きむしる。


「Bbooo!」


 熊型が鬱陶しそうに身を捩る。

 体制が崩れ、ごく短時間だが均衡がロイ側に傾いた。


 致命傷には程遠いが、十分だ。

 この隙に周囲の人間たちは、爆風の影響圏外まで避難できている。


『お待たせロイ、火器解禁です!やっちゃって!』

『ラジャー、ボス!』


 再び熊型が押し戻し始めた取っ組み合いを、今度はロイから振り払った。

 レフトアームユニット起動。

 至近距離からの爆雷投射が、熊型の胴体に真正面から直撃する。


BOOM!BOOM!

ZAP!ZAP!ZAP!


「gRRrrryy!!」


 爆風とレーザーの波状攻撃。

 音と煙に視界を塞がれて、熊型が吠え猛る。


 が、状況はそこで再び膠着した。

 敵機の装甲表面は焼け爛れて煤けているが、動作その物には消耗の色が見えない。


 パワーは見掛け倒しでも、耐久力は本物だ。

 流石のA級2人組も、この硬さには攻めあぐねている。


 その様子に、アルウェンは密かにホッと胸を撫で下ろした。

 ロイとイヴ、どちらも強力なゴーレムだが、これらの振る舞いは常識の範囲内と言って良い。

 

 やはり、あの1機だけが特異点なのだ。

 今しがた闇の中から舞い戻って来た、あの漆黒のゴーレムだけが。


「ヴィオちゃん、ディアち、お待たせ!」

『ただ今合流しました!これで敵は最後ですね!』


 夜よりもなお黒い、鋼鉄の妖精が死を運ぶ。


 カメラアイをぶら下げた機械の脳髄を無造作に放り捨て、血に飢えた魔女の鉤爪が次の獲物を指し示す。


 レフトアームユニット起動。

 暗闇の中、真っ白に灼けた剥き出しの殺意が、手招きするように浮かび上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る