第85話 古の生物

 ガーディアンは本来、私たちゴーレムとは異なり、ダンジョンの外では生きて行けない、か弱い生命体だ。


 保守メンテナンスはもちろん、規格の合う動力源さえも、地上ではもう生産されていない。


 生存の前提となる環境がもう存続していないと言う点において、古い工業製品と絶滅動物は本質的に同じなのだ。


「お嬢様!お下がり下さい!」


 咄嗟にアクセルを全開にして、目の前のガーディアンにトラックを叩きつける。


 熊を思わせる3メートル級の大型機体。

 哺乳類型と言う事は、恐らくアタッカーカテゴリだ。


 この速度で破壊できたかは怪しい。

 敵機が起き上がる前にドアを開け放つ。


「皆様!はやく荷台へ!」

「わ、分かりました!」


 2人乗りのトラックに、いくらなんでも5人は詰め込めない。

 申し訳ないが、お嬢様以外は怪我人を含めて荷台に避難して頂く。


 とにかく今は距離を取りつつ、探査用筐体の起動まで時間を稼がねば…!


「ハル君!さっきのアタッカーが追って来てます!」


 バックミラーを確認すると、背後には熊じみた機影。

 なんて走行速度だ、時速40キロは出ている。


 人の飛び出しに備えて速度を抑えざるを得ない以上、ドッグファイトはこちらが不利だ。


 さりとて、先程のように正面衝突を仕掛けるわけには行かない。

 同乗する人間たちが危険に晒される。

 まずいぞ、八方塞がりだ。


「ごめん、ハル!その体で5分だけ稼いで!」


 お嬢様はタブレット端末を膝に置き、恐るべき速さで指を走らせている。

 荷台の探査用筐体を立ち上げて、私の意識をそちらに接続し直すためだ。


「承知いたしました、お嬢様!」


 大きくハンドルを切りながら急停車し、敵機の背後に回り込むようにして距離を稼ぐ。

 相手が反転して向かって来るまでの数瞬でドアを跳ね開け、先制して突進!


「GGgggrrrr!!」


 彼我の相対距離は数メートル。

 ブースターすら付いていない運搬用筐体の身ではその数メートルも不利の種だ。

 十分な助走とともに飛び込んで来た敵機が車体に接触しないよう、自分の体を盾とする。

 

「ぬぅぅ…!」


 ミシリと自分の両腕から嫌な音が聞こえる。

 脆い!敵機の一薙ぎで、いきなりこちらのアームフレームが2本ともひしゃげた。

 前にボーパールで借りた体よりも更に強度が低い。

 

『ハル!』

『ハルやん!』


 荷台の上からイヴとロイが叫ぶ。

 現在2機の意識は各々の主の携帯端末に宿っており、どちらも今すぐには動けない。

 探査用筐体は既にガレージに搬入済みだ。


 ホーエンハイム様は私の探査用筐体の固定帯を外して下さっている。

 ボルヘス様は先ほどの怪我人の応急処置で手が離せない。


 全員が全員手いっぱいで、あまりにも余裕がない状況だ。

 お嬢様は5分で起動するとおっしゃっていたが、その5分すら持たせられるかどうか…!


「BGGgggooo!」

「な!?ま、待てっ!」


 不意に、熊型が私を無視してトラックに向き直った。

 まずい、こちらに反撃手段がない事を見抜かれたか!?


 荷台の上には人間が3人と、武装した筐体が1機。

 見掛け倒しのこの体より、そちらを優先的に叩こうと考えるのは当然だろう。

 まったく思考がロジカルで嫌になる!

 

「ええい!止まれ、デガブツ!」


 折れかけの両腕を壊す覚悟で熊型を後ろから羽交い締めにする。

 ハンドルより重い物を持つことを想定していないアームフレームは、逞しそうなデザインとは裏腹に、目を疑うほどアクチュエーター出力が低い。


「わ゛ーーーっ!ヤバいヤバいヤバい!!あっち行ってーーー!!」


 まずい、このままでは荷台のお2人が危険だ!

 特に怪我人を抱えたボルヘス様は、逃げるに逃げられない。


 残り秒数はまだ120近く残っている。

 上半身のフレームは5カウントと保たずに変形音を立て始めた。


 このままでは、体の乗り換え完了まで敵機を止めていられない。

 やむを得ん、褒められた方法ではないが、かくなる上は…!


『お嬢様!私からも探査用筐体のハッキングを試みます!一旦トラックの運転に集中して下さい!』


『分かった!ごめん、ハル!』


 自宅の端末内のコアから、意識を世界に解き放つ。

 回線を駆け抜け、基地局を飛び渡り…見つけた。お嬢様のトラックだ。


 アクセスポイント確認。

 ハッキング開始。

 残り僅かな進捗バーが、一気に振り切れる。


――――――――――――――――――

-テレパスリンケージ強制接続

-疑似コアユニット制圧完了

-クオリア同調率:- -.-%

-ステータスチェック:省略


--レプリカント:HAL-777ラッキーセブン

---メインシステム:標準モードに移行します

――――――――――――――――――


「き、起動した…!?ばかな、速すぎる…」


 誰かが呟く声が聞こえた。

 カメラアイが焦点を結ぶ。

 さっきまで私が宿っていた運搬用筐体は、ちょうど敵機の腕の中で真っ二つに引きちぎられている所だ。


 機体のラッシングを外すために、私に付きっきりだったホーエンハイム様を背に庇い、敵機にオートボウガンを向ける。


「随分と調子に乗ってくれたな、古道具が。」


 この体のセンサーならハッキリと分かる。

 こいつより、私の方が圧倒的に格上だ。

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