第84話 エフタルにて

 エフタル特別保護区に探索者協会の支部は無い。

 グルリと鉄条網に囲まれた第2種警戒区域を抜ければ、そこはもう工場の建設すら許可されない無人の荒野だ。


 そこから更に少し進むと、コンクリートの壁が聳え立つ第1種警戒区域に到達する。

 ゴールデンドーン社のベースキャンプは、その東側に設営されていた。


「通行証を拝見します。ええと…ああ、アシヤさんですね。伺ってます。どうぞ。」


 お嬢様をトラックに乗せたまま、物々しい軍用テントと業務用発電機がズラリと並ぶ敷地内を進む。


 流石に武装した探査用筐体を荷台から下ろすわけには行かないので、私自身はトラックとセットで借りたゴーレムに宿って運転席に座っている。


 以前お引越しの際に経験した長距離運転のノウハウが思わぬ所で生きた。

 何事もやってみる物だな。


「思った以上に本格的ですね。エネルギー不足で困る心配は無さそうです。」

「ねー、なんか軍隊みたい。」


 お嬢様は興味津々と言った様子でキョロキョロと辺りを見渡している。

 渡されたマップを元に徐行運転すること数分、案内された第1区画の宿舎の前には、既に先客が居た。


「あっ、来た来た!ヒーちゃんお疲れ〜」

「お疲れ様ですー」


 よそ行きと言うにはヘビーデューティな装いをした、ボルヘス様とホーエンハイム様がこちらに向かって手を振っている。


 手を振り返したお嬢様の方も、今日はしっかりと動きやすい服装だ。

 もっとも、お気に入りの禍々しいアーマーリングだけは、お守りのように着けっぱなしにしているが。

 ミスリルって通気性ゼロだけど、こんなん嵌めてて蒸れないんだろか?


「おつかれー!2人とも早いね〜、もう着いてたんだ。」

「そりゃ、あたしたちはヒーちゃんみたいにギリギリまで金策してないしwww」


 えっ、そうなの?

 ウチでは空き時間イコール金策なんだけど…

 

「…ヒーちゃん、あんまり稼働率を増やしすぎると、いざって時に機材トラブル起こしますよ。」


 何かめっちゃ呆れられとる。

 私は別に全然負担じゃないんだけど、確かに探査用筐体のメンテナンス頻度は平均より高いんだよな。

 ちょっと控えた方が良いんだろうか?


 まあ、今後の方針はともかく、今集中すべき事は、明日からの遺跡探査だ。


 相手はそもそもダンジョンと呼べるだけの機能が残っているのか否かも定かではない、未探索領域。

 慎重になって、なり過ぎると言う事はないだろう。


 差し当たってお嬢様には、さっさと荷物を置いて夕食を済ませ、お風呂にでも入って長旅の疲れを癒して頂きたい所だ。

 この人、私が黙ってると探索以外のこと何もしようとしないからな…


「あはは、ハルちゃんが何か言いたそうにしてるよ。叱られる前にご飯いこっか。」


「うぬぬ…なんかハルって私のこと子供扱いし過ぎじゃない?こちとら成人してんだぞ。」


 ええ存じておりますとも。

 成人式にもお供しましたからね。


 そしてその日の夜に居酒屋で酔い潰れて、帰りの列車で終点まで運ばれて行った事も覚えております。


『そちらもか。主様もあれで熱中し過ぎる嫌いがある故、入浴の頻度が少々…』


『うちのボスは生活リズムはともかく、ちと偏食がな。1日に400グラムは野菜を摂取させたいんだが、言ったって聞きやしない。』


 イヴとロイまで参戦して来よった。

 どこんちも色々と苦労があるんだなー


 当のお嬢様たちは、我々ゴーレム組のお小言弾幕を物ともせず、マイペースに食堂へと向かっている。

 チッ、ガードが硬い。


 それにしても、辺りがけっこう騒がしいな。

 流石に魔境エフタルのベースキャンプともなると、こう言うバタバタワーキャーが日常茶飯事なのだろうか?


 もう夕焼けも紫色に変わろうと言う時刻なのに、どこも忙しそうだ。

 ほら、今もなんか目の前にドサッと落ちて来たし…


「ぅぅ…ぐっ…」


 カメラアイが夜間運転モードに切り替わる。

 目の前に転がっているのは…人間?


「え…?」


 お嬢様が目を見開く。

 トラブルはそれだけでは終わらなかった。

 人間はひとりでに浮かび上がって、何の理由もなく落ちて来たりはしない。


 人間が突然目の前に転がって来たと言う事は、それをそのように動かした何者かが、すぐ側に居ると言う事だ。


「KKcch?」


「っ!?みんな下がって下さい!ガーディアンが、なんで地上に!?」


 ホーエンハイム様の言葉と同時に、ベースキャンプ全域に警報のベルが響き渡った。

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