仄暗い土の底から

第83話 呪われた地

 本日のお嬢様のスケジュールは、これと言って企画の無い雑談配信だ。

 本日のって言うか、ここ数日はずっとこんな感じだったりする。


 まあ、ぶっちゃけネタが無いのだ。


「実際ゲーセンバイトで一番嫌われてる筐体って何なん?やっぱ太鼓のやつ?」


:太鼓ってか、音ゲー全般ボタン噛んでヤバい

:メダルゲームは一生故障してるイメージ

:クレーンゲーム叩くのやめて…


 いや、ホントに雑談も雑談だな。


 思うに、以前のイズミール並走攻略の同接数に味を占めて、未探索ダンジョンの攻略の進捗を周囲に合わせようとし過ぎたのが良くなかったのだろう。


 ただでさえ探索モンスターなお嬢様が、いくらでも先に進める道で延々足踏みし続けた結果、今行ける範囲はもう味がしないレベルまで擦り倒してしまった。


 結果、こうしてスケジュールが空いた時にパッと出せる話題が無くなってしまったのだ。

 エンタメもまた、限りある資源である事だなぁと思う今日この頃。


「ごめんねー、ネイリストたち。ハルの12ヶ月点検と保険の見直しが重なっちゃって、今週は探索できないんだ。」


:ハルやんのメンテかー

:そりゃしゃーない

:健康は大事やで…

:【¢500】ハルやんの病院代


 えっ、なにこれ私のせい?

 私の健康問題みたいな流れになってんの?

 しゃ、釈然としねぇ…!


「わー!ちょっとスパチャは良いってば!ごめん、心配させるような事言って!別に故障とかはしてないから!」


 その後もわちゃわちゃして、特に山なく落ちなく配信は終わった。

 あかん、典型的なアーカイブが再生されないパターンや。

 

「んなぁ〜、スランプだぁ…」

「お疲れ様です、お嬢様。デビュー以来、いささかユニット内での足並みを気にしすぎたかも知れませんね。」


 あの窓口納品にすら難儀していたお嬢様が、同僚との協力の為に、自らの欲求を押さえられるようになったのは、素直に成長だと思う。


 思うが、今回ばかりは、それが裏目に出た。

 このまま周囲に遠慮し過ぎるのも良くないが、さりとて反動でおかしな方向に弾けてしまっても困るからなぁ。

 一体どうアドバイスした物か…

 

 まったくもって頭が痛着信!着信!『クロウリー社長』様より、リアルタイム音声通信のリクエストです。


『やあ、アシヤさん。お疲れ様。体調は問題ないかな?』

「あ、社長。お疲れ様です。」


 またかいな!最近社長からの通信多くない?

 この間のエアポケット案件の成功を受けて、お嬢様のクロウリー社長からの評価はまずまず高いと思われる。


 しばしの間、挨拶と当たり障りのない近況報告が続いた。

 こう言う前置きがある時って大抵なんか重めの情報が来るんだよな。

 今から心の準備をしておかないと…


「えぇ!?エフタル特別保護区遺跡群の合同調査!?」


 えっっっっっ!!!???

 エフタル!!!!????


…失礼、取り乱しました。

 クロウリー社長から直々に提案された活動プランをオウム返ししながら、お嬢様は目を見開いている。


「いや、それ、私には願ってもないお話ですけど…大丈夫なんですか?本当に許諾降ります?」


 お嬢様が心配するのも無理はない。

 かく言う私も滅茶苦茶ビックリしている。


 エフタル特別保護区は、アガルタ共和国の中央部にありながら、先史文明の危険な遺産が数多く残される地として、銀の古老エルフ統治期から人の立ち入りが制限されて来た、いわば魔境だ。


 保護区と言えば聞こえは良いが、その実態は旧支配者ですら持て余した先史文明の闇から、人々を守るための隔離区画と言って良い。


 ゴーレム探索技術の発達によって、死亡事故はほぼ無くなったとは言え、みだりな立ち入りは厳に慎まれるべしとされている事に変わりはないのだ。


『ああ、そこは問題ないよ。もう2年以上に渡って我が社が続けている活動だ。さすがに生配信の許可は出せないが、話の種くらいにはなるかと思ってね。』


 なるほど、ここのところ配信ネタに困っているお嬢様のために、優先的に椅子を回してくれたのか。

 こうして何かと気にかけてくれて、頭が下がる思いだ。


「ありがたいお話ですけど、それ会社側にはちゃんとメリットあるんですか?なんかヤバい案件が絡んでたりとかするんじゃ…」


 あまりにも都合の良い話に、お嬢様が完全に疑心暗鬼モードになっている。

 社長に向かってなんて事言うんですか。


『ははは、心配は要らないよ。特別保護区のダンジョン調査は社会貢献活動としてアピールできるからね。筐体の輸送費は経費で落ちるから、研修だと思って楽しんで来ると良い。』


 とまあ、そんな感じで、今回は4期生3人で合同探索です。

 探索というか、もう探検だなこれは。

 早速チャットアプリを起動して作戦会議だ。


「おつかれ。エフタルの件、もう2人にも話行ってる?」


『お疲れ様です。こっちにもお話来ましたよー!もちろん私は参加しますとも!』


『ヒーちゃんおつ〜、あたしの方にも来た!エフタルに探索に行けるなんて、この会社入って良かったぁ!』


 流石に同僚のお2人もモチベーションが高い。

 エフタルはA級探索者と言えども、そうそう立入許可が出る場所ではないからな。


 かく言う私も、予想外の大盤振る舞いにちょっと興奮している。

 これは貴重な経験になるぞ!


『ねぇねぇ、みんなはエフタル行ったら何したい?』


『もちろん、現地のガーディアンのマテリアルを剥ぎ取って成分分析です!ベースキャンプの設備が結構充実してるらしいので!』


「私は遺跡内の電子システムに触ってみたいな〜、ウワサのエフタルのシステムにどんなコードが書いてあるのか、読んでみたい。」


 取らぬ狸のなんとやら。

 もっとも探索者、それもA級に上がるような物好きが、一般未公開の遺跡と聞いて興奮せずにいられるはずもないか。


『ちゃま先輩に聞いたんだけど、ここの事務所の先輩達って、みんなけっこう頻繁にエフタル行ってるんだって。特に3期生。』


『へぇぇ、なんちゅー贅沢な…流石はレジェンズの事務所ですねぇ。』


 その後も装備構成の打ち合わせや、スケジュールの調整についてワチャワチャと話し合いつつ、夜がふけていく。


 しかし、エフタル特別保護区か…

 もちろん私も楽しみだが、気を引き締めて掛からねばなるまい。


 なにしろ、彼の保護区は別名"呪われた地"

 鬼が出るか蛇が出るか。

 どんな化け物が飛び出して来るか、知れた物ではない。

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