リーサルなカンパニー案件

第72話 変わらない日常

 先日、お嬢様の新たな住まいとなった引越し先は、同期の附子島様や炎城様と同じ首都圏の某マンションだ。


 とにかく行き来が簡単なため、プライベートではもちろん、仕事の話をする際にも気軽にお互いの部屋を訪れている。


 さながら女子校の寮といった所だろうか。

 いや、私は学校に通った経験など無いのだが、イメージ的に。


「ヴィオちゃん、おまたせー」

「おーす、ヒーちゃんお疲れ〜ぃ」


 本日、お嬢様は次のコラボ企画の打ち合わせのために、附子島様の中の人、ヴィオレッタ・ボルヘス様のご自宅に招かれている。


 カロリーなんぞ知った事かとばかりに、バターをしこたまブチ込んだ手作りクッキーなど持参して、すっかり長期戦の構えだ。


 対するボルヘス様の方も、明らかに来客用と思われる高そうな茶葉の缶をドカンとキッチンに待機させていた。


「で、このまえ共演お願いした件なんだけどさー」


 出されたお茶を啜りながら、早速お嬢様が切り出した。

 そう、今回の企画は、実はお嬢様が主導なのだ。

 

 より正確に言うと、そもそもはお嬢様に名指しで来た企業案件なのだが、規模的にも性質的にも1人で回せる類の仕事ではないため、必然的に事務所内コラボと言う形を取る事となった。


 依頼元の企業は有限会社ゴンドール。

 非上場の中小企業だが、歴史ある老舗のダンジョンスクラップ卸売業者らしい。


 お嬢様ご本人の参加は確定として、他のメンバーの選定に関しても意見を求められているため、こうして最も信頼するボルヘス様に相談に来たと言うワケだ。


「エアポケット探索、だっけ?お仕事来たのは良いんだけど、私それやった事なくてさー、あと誰に来てもらえば良いと思う?」


「あぁー、エアポケね。オーケーしといてなんだけど、実は私も自分でやった経験はないんだよなぁ。ぶっちゃけA免持ってたら、普通に狩りか未探索ダンジョンの攻略した方が儲かるし…」


 ボルヘス様が困ったように眉根を寄せる。

 今回依頼を受けた案件は、エアポケット猟、あるいはエアポケット探索などと呼ばれる、少々特殊な探索依頼だ。


 ガーディアン素材を中心とするダンジョンスクラップの回収を目的としている点では、通常の探索と変わらないのだが、その猟場の立地がやや辺鄙であるため、普段とは異なる独特の立ち回りが必要となる。


 いかにお嬢様の腕っぷしが強かろうと、未体験の特殊ルールにぶっつけ本番で挑むのはあまりにリスキーなので、定員4人のうち半数は経験者を招きたいと言うのが正直な所だった。


 なお、今回狩場とするエリアには生体ガーディアンも出没するとの事なので、お嬢様たっての希望で、未経験側の2人目は既に附子島様で埋まっている。


…お嬢様、なんか私情入ってませんか?


 まあ言うて、炎城様だと何が出て来ても燃やすか蹴り潰すかしちゃいそうだから、身内の同期から選ぶなら実質的に一択ではあるんだけどね。


「イヴ、ちょっと先輩たちのスケジュール表出して。」

「御意。」


 ボルヘス様がラップトップ端末のイヴに命じて、事務所内の先輩方のスケジュールを投影させる。


 予想はしていたが、やはり多忙を極める1期生レジェンズは全滅、最近共演の多い2期生ジェミーの日程にも、見たところ空きは少ない。


「あ、メノウ先輩がまだ空いてそうじゃない?あの人たしかエアポケもよくやるって言ってたから、マネちゃんに確認してもらおうよ。」


「へー、メノウ先輩ってエアポケ経験者なんだ。ヴィオちゃんってホント先輩たちの情報詳しいよね…」


 弛まぬコミュニケーションの賜物ってやつよ、とドヤ顔のボルヘス様。

 そうだそうだ、もっと言ってやって下さい。


 これで3人は決まったとして、残るは1人。

 候補は消去法で3期生の4名いずれかに絞られた。


 3期生の先輩方とはこれまで接点が薄かったが、見方を変えれば初絡みの良い切っ掛けになったとも着信!着信!『クロウリー社長』様より、リアルタイム音声通信のリクエストです。


『お嬢様、社長より着信です。』

「んあ、社長?ごめん、ヴィオちゃん。ちょっと出て来るね。」


 ふぃー、びっくりした。

 こんな時間に一体なんじゃ?

 携帯端末に宿っていると、こう言う時に面食らう。


 それにしても、メールではなく音声通信とは珍しいな。

 なにか緊急性の高い話なのだろうか?


 身構えながら聞き耳を立てていると、どうやら今まさにお嬢様達が話し合っている、企業案件の参加者についての相談らしい。


『お疲れ様です。突然すまないね、アシヤさん。相談していたG社の件だが、メンバーの選定はもう済んでいるかな?』


「お疲れ様ですー、1人は同期のボルヘスさんにOK貰えました。もう1人は2期生のケリーさんにお願いしようと思ってるんですけど、4人目がまだ固まってないですね。」


 なら良かった、と前置きして、社長が本題を話し始める。


『そう言う事なら、3期生でぜひ本件に加えて欲しい子が1人居るんだ。こちらからも話を通しておくから、差し支えなければ4人目の参加者として検討してみてくれないだろうか?』


 おお、これはありがたや。

 会社側でスケジュール調整に動いてくれるなら、大分手間が省けるな。


 それに、クロウリー社長が提案して来たメンバーは、私も秘かに気になっていた3期生の先輩だった。


 鳳ツバサ様。

 ライセンスこそB級に上がりたてだが、扱いの難しい軽量多脚フレームを手足のように操り、エアポケットを初めとする様々な特殊環境で成果を出して来た、実力派だ。

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