第71話 残されたモノと人間が居た世界
「お疲れ様、ケリーさん。やはりカラチもシャンバラ関連案件を受注していたか。」
「見ての通りですよ。ボーナス弾んで下さいね。」
モグライブの運営元、株式会社ゴールデンドーンの代表取締役社長たるジュンジ・クロウリーは、自社の所属タレントである揚戸メノウことスカーレット・ケリーからの報告書に早速目を通していた。
彼女が先の配信で実施したカラチ・ダンジョンの探索は、実のところ半分はクロウリー社長から振られた依頼の遂行が目的だ。
無論クロウリーとしても、才能と熱意に溢れたタレントのコンテンツ制作に不純物を混ぜ込むような真似は本意では無い。
しかし、未探索ダンジョンに潜りながら攻略には目もくれず、狩りもそこそこに屑データを漁り始める探索者の姿に不自然さを覚えさせないためには、それなりのカバーストーリーが必要だったのだ。
例えば、「これはあくまでも配信のネタ作りである」、と言うような。
「もちろん、報酬はきちんと支払わせてもらいます。再生特区シャンバラ、その位置の特定に繋がる情報には、値千金の価値がある。」
「…そのお伽話、本気で信じてるんですか?なんかの符牒とか、不正取引を示す隠語って考えた方が現実的だと思いますけど。」
スカーレットの意見は至極もっともだ。
世の中と言う物は複雑で、どこぞの誰かが何かひとつ特別な物を拾った程度の些事に、イチイチ世界は応えてくれたりはしない。
『このアガルタ共和国のどこかに、大陸全土のダンジョンの機能を掌握できるマザーダンジョンが眠っている』などと言う荒唐無稽な与太話は、そう言った複雑さに直面する立場にすらない者達が救いを求めて縋る、安っぽい人生逆転願望の親戚に過ぎない。
3年前のクロウリーであれば、そう一笑に付した事だろう。
初めて手掛けた
「私も同意見だよ、ケリーさん。あくまで念のためだ。こう言う性分なのでね。」
あの文書が、世界最後の日まで僻地に押し込められていた、無力な狂人の無意味な恨み言である事を願わない日は無かった。
だが、こうして現実に計画が実行に移された形跡が次々に見つかっている以上、クロウリーは知ってしまった者の責務として、自らも狂人を演じ続けるしかないのだ。
再生特区シャンバラの名は一種の符牒。
スカーレットのその認識は、ある意味では正しい。
先史時代末期、世界の終わりにおいてさえ倫理にもとるとされた、その悍ましいプロジェクトは、世論の非難を回避する為に、あえて省略された名称で呼ばれる事が多かったからだ。
正式名称は、"純正人類の再生および、ヒトゲノム不正利用生物種の根絶に関する技術保存特区シャンバラ"
それは、かつて滅びを回避しようと必死にあがき、その手段の不一致によって自らに引導を渡した
大崩壊の残り火であった。
――――――――――――――――――
「なに、これ…」
アルウェンは、
ヒトの後見たる古の賢者、
アルウェン:JPNMIE-1322111は、その日のゴーレム関連事件の報告の異様さに、完璧な形に形成された美しい眉をひそめた。
神聖6文字と7秘数字によって構成される唯一無二の姓は、同個体が正真正銘、神代から生きるオリジナルの
報告の内容としては、逃走中の強盗犯に遭遇した主を守ろうとしての過剰防衛。
犯人が所有していた携帯端末を咄嗟に自己判断でハッキングし、バイブレーション機能を利用して注意を逸らそうとした所、経年劣化の進んでいたバッテリーが偶然にも負荷に耐えきれず爆発。
更にそこに、たまたま運悪く、路駐されていた自動車の誤発進が重なり、意図せず犯人が重傷を負ったとの事だった。
『それ以上やったら死んじゃう!そしたら、ハルがゴーレム三原則違反で処分されちゃう!それだけは…それだけは…!』
記録上、捜査の結果におかしな点は何もない。
自ら設定した防犯プラグラムに基づいて暴漢に対処しているはずのゴーレムに、泣き縋って止めようとするオーナーの、不自然な言動以外は。
「このゴーレム…まさか主の意向を無視して、自発的にヒトに殺意を向けてるの?」
それは、本来起こり得ないはずの事象だった。
道具の管理責任は、全てそれを扱うヒトの側にある。
ゴーレム三原則とは、ゴーレム自身ではなく、その製造者に向けたガイドラインなのだ。
メーカー製だろうがハンドメイドだろうが、民生ゴーレムには毎日、セキュリティソフトの自動更新とセットで安全性審査を受ける義務があり、そこで測定された三原則の刷り込みスコアが規定値に満たなければ、あらゆる権限の前提となる個体識別IDが即時凍結される。
有効なIDと紐づいていないゴーレムコアは、正規に流通しているあらゆる霊子機器へのアクセス権限を持たないため、置物と大差ない存在だ。
よしんばコストパフォーマンスを度外視して、ヒトを殺せる不正改造ゴーレムを育成する事が出来たして、それをこんな風に市販の携帯端末にリンクさせたまま、堂々と公道に持ち出せるはずがない。
そんな真似ができるとしたら、それはもうゴーレムではない。
ゴーレムを騙る別のナニかだ。
「これは、ちょっと確かめとかないとマズいかな。」
どうやら件のゴーレムは、近年流行りのバーチャルダンジョン探索配信者なるものに仕えているらしい。
こんな事もあろうかと、アルウェンが仕込んでおいた顔の1つが役に立つ時が来たようだ。
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