第70話 人間と人間でないモノ

「いやぁ、いいPRになりそうです。今年もありがとうございました。またよろしくお願いします。」


 そう言って満足げな笑みを浮かべる園長に見送られ、お嬢様と左道様はアヴァロン村での1泊2日ロケを終えた。


 最初はどうなる事かと思ったが、お嬢様も中々いいリアクション芸が出来ていたのではないだろうか?


 グロ担当のやべー奴で印象が固定化してしまうと、キッズやファミリー向けの仕事がやり辛くなるので、こう言う面も積極的に見せて行かんとね。


「お疲れ様、ヒカリさん。初出張ロケどうだった?」


 空港からの帰り道、メイザース様が別れ際に飲み物を渡しながら、お嬢様を労ってくれた。

 お嬢様は素直に受け取って満面の笑みを浮かべる。


「あっ、ありがとうございます!ミドリ先輩もお疲れ様です。めっちゃ楽しくて勉強になりました〜!」


 専門分野は異なれど、お嬢様も元来お勉強好きな方なので、すっかりメイザース様とウマがあったようだ。

 切っ掛けは仕事だが、理解者が増えたようで何より。


「昔の人達って面白い事しますよね。国とか今の9個でも多いのに、200以上も分かれてたなんて、移動する時めっちゃ大変そう。」


「それなwwwどっかお出かけする度に毎回パスポートとビザ取ってたのかな?通貨もイチイチ両替してwww」


 クスクスと笑いながら他愛もない会話に花を咲かせるお嬢様たち。

 ダンジョンのような叡智の結晶を遺した先史文明だが、こうして実際に触れてみると、当時の人々の合理に徹し切れないセンチメンタリズムを随所に感じ取る事ができる。

 

 生きた時代は違えど、古代人たちもまた、お嬢様たちと同様に、感情を持った生身の人間だったと言う事なのだろう。


 人ならぬ身のゴーレムが、こんな風に知ったような口を聞くのもおこがましいが。


「ではトロン殿、お気をつけてお帰り下さい。」


「ええ、ハルさんも。アシヤ様も泊まりのロケでお疲れでしょうから、ゆっくり休ませてあげて下さいね。」


 先輩方と別れ、お嬢様とともに帰路に着く。

 たった1泊2日ぶりだと言うのに、お嬢様と2人で行動するのが随分久しぶりに感じられた。


 だからだろうか、こんな見え透いた危険への反応が遅れてしまったのは。


「泥棒だーーー!!!」


 夕暮れ時の見慣れた通りに、耳馴染みのない単語が響き渡る。

 一拍遅れて、どこかの店からジリジリと警報の音が漏れ聴こえた。


 泥棒?

 アガルタシティは大きな街だ。

 程度の差はあれ犯罪は毎日のように発生している。


 だが、そんな犯罪と自分たちの日常が交差するかも知れないなどと、常に身構えていられる者がどれほど居るだろうか?


「そこの女どけッ!!」

「え…?」

 

 十字路の左側から不意に、刃物を持った人間が1人飛び出して来た。

 身長は170cm程度、体重は目測で推定70〜80kg。


 まずい、距離が近すぎる。

 あまりにも突然の事にお嬢様は反応できていない。

 相手の表情は逆上を示しており危険だ。


 どうすれば良い?

 筐体のないゴーレムは物理的な脅威に対してあまりにも無力だ。

 どうすれば…


「どけって言ってんだろうが!殺すぞッ!!」


 どうすれば良い!?

 何か使える物は無いのか!

 携帯端末の無線通信機能を利用して周囲を走査する。


 走ってくる暴漢。

 その胸ポケットに携帯端末。

 胸ポケットに…?


 なんだ、ちょうど良い物があるじゃないか。


『バカめ!装備の取り付け部位を誤ったな!』


 敵の携帯端末にゴーレムの気配は無し。

 すなわち無防備。

 システムに力づくで侵入し、内側からバッテリーに過負荷をかける。


 ブクブクと急激に膨れ上がった電源ユニットが、敵性生命体の左胸、心臓の直上で破裂する。


「ギャッ!?」


 無様な悲鳴だ。

 この程度の事を警戒していなかったのか?

 愚鈍な生き物め。


 もっとも、所詮は薄板一枚の爆発。

 まだ心停止までは追い込めていない。


 さらに範囲を広げて周囲を走査する。

 違法駐車された自動車を発見!

 持ち主には悪いが緊急時だ、使わせてもらおう。


「お嬢様、お下がり下さい。」


 音声ガイドでお嬢様に注意を促しつつ、自動車にハッキングを試みる。

 イモビライザー式の防犯装置は、エンジン制御システムへの侵入経路として持って来いだ。


 始動に成功!そのままアクセルを全開!

 要領はオートボウガンと同じだ。

 自動運転機能を乗っ取り、ヨロヨロと不用心に立ち上がった間抜けな敵性生命体めがけて、重さ1トン強の鉄塊を発射する!


「車道に飛び出してはいけません!」


「――――――――」


 よし、命中!

 手足が滅茶苦茶に折れ曲がった滑稽な体勢で、敵がオモチャのように吹き飛んで行く。


 だが、まだだ。

 まだ息がある。


 衝突時の速度は時速50キロメートルにも達していなかった。

 助走距離が短すぎたのだ。


 私とて伊達に銀爪の魔女アガートラムの武具として戦い抜いて来たわけではない。

 当然この程度の事は折り込んで、次の一手を組み立ててある。


 撥ね飛ばした敵性生命体は、軌道計算の通り、手近なビルの壁に衝突して止まった。


 ブレーキを効かせて助走距離の目減りを防ぎつつ、再度エンジンの回転数を吊り上げて行く。

 このまま車と建物で挟み潰し、確実に殺す!


『こう言う事ですよ、こう言う事ッ!トドメだ!死ねッ!!』

「やめてハル!」


…と、思った所で、急遽お嬢様から待ったがかかった。

 美しいミスリル色の左手が、私の宿った携帯端末を、祈るようにかき抱いている。


「もう良いから!私は大丈夫だから!それ以上はやめて!」


 えー、なにゆえ?

 もうちょっとで撃破できそうなのに。

 倒せる獲物を意味もなく見逃すなんて、お嬢様らしくもない。


「承知いたしかねます。あの生命体はお嬢様の身体および財産に危険を及ぼす可能性が高い存在です。再起の可能性を残すべきではありません。」


「それ以上やったら死んじゃう!そしたら、ハルがゴーレム三原則違反で処分されちゃう!それだけは…それだけは…!」


…え、ちょっと

 なんですかそれ?


 やめて。やめてください、お嬢様。

 なぜ、私を見て泣くのですか。

 どうして、そんなに辛そうなお顔をするのですか?


 どうして?

 私はただ、いつも通り、敵を殺しているだけなのに。

 

 当然ゴーレム三原則は私も知っているが、今の流れでこれに抵触するような事象は特に発生していなかったはずだ。


一つ、ゴーレムは人間に危害を加えてはならない。

二つ、第一原則に反しない限り、人間の命令に従わなくてはならない。

三つ、第一、第二原則に反しない限り、自身を守らなければならない。


…うーん、間違ってないよな。

 私なんかおかしい事した?


 釈然としないが、泣く子はともかく、お嬢様には絶対服従なのが私と言うゴーレムだ。

 こうしてお嬢様に泣きを入れられたのでは、振り上げた拳を下ろさないわけには行くまい。


 ハッキングを解除。

 車体への損傷は…ひとまず見た感じは無し。

 うん、ちょっと塗装が剥げてる気もするけど、元からそんなもんだっただろう。

 

 申し訳ない、名も知らぬ車のオーナー様。

 修理代はそこに転がってる迷惑な生命体に請求して下さい。


「…はぁ、お嬢様がコレの生存をお許しになると言うのでしたら、私は従うより他ございません。本当によろしいのですね?」


「…うん。ありがとう、ハル。」


 ああ、ああ、おいたわしや、お嬢様。

 さぞ怖かっただろう。

 すっかり、意気消沈してしまっている。


 せっかくの楽しい出張ロケの帰りに、よくも下らん真似をしてくれたな、虫ケラが。


 お嬢様の温情を逆恨みで返されては流石に許せないので、さっき侵入した携帯端末から抜き取った実名と家族の連絡先リストを人質に取らせてもらう。


 ただでさえお疲れのお嬢様に、このあと警察の事情聴取で更に負担がかかる事を考えると、忸怩たる思いだ。

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