第69話 怜悧なる黒と静謐なる翠③
『『パーク・オブ・アヴァロ〜ン!』』
何度も練習した甲斐あって、お嬢様と左道様の息は編集の必要もない程にピッタリだった。
艶やかな黒の礼服と、瑞々しい翠のドレス、どちらも160cmを超える長身のアバターで、アヴァロンを再現した西方風の街並みによく映える。
ダンジョン内のオフィス遺構などに顕著に見られる特徴だが、先史時代の建物の間取りや家具類は、ストライダー族に合わせた寸法の物が多く、お嬢様と並ぶと特に据わりが良い。
配信後に賞賛のコメントを見るのが今から楽しみだ。
『ごきげんよう皆様。歴史ロマンの探究者、モグライブ2期生Gemmyの
そう言って、ペコリと優雅に一礼する左道様は、お衣装のデザインも相まって、さながら良家のお嬢様と言った風情だ。
とても深夜テンションでタチだの生やすだの口走っていた自称総受けとは思えない。
普段は一言二言しゃべる度にッスゥーーー…とかピィーッ↑とか変な音が鳴るのに。
『今年も招待していただきました、シムラーアヴァロン村。そして今年はなんと、もう1人いるんですよー』
『ハイホー!皆様こんリッパー!モグライブ4期生、とーめんたーずの解体担当!
お嬢様と左道様のアバターは、お二人とも衣装込みで古代の西洋貴族めいたデザインなので、ビジュアル面のシナジーが高い。
もちろん今日のPR案件の発注元であるシムラーアヴァロン村との相性もバッチリだ。
冒頭挨拶を終えたお二人は、早速入り口付近のモニュメントやお土産屋が並ぶストリートを抜けて、各アトラクションの紹介に移る。
『うおー!バグパイプ演奏かっけえ!』
『ね、クオリティ高いよね。このバグパイプは先史時代から伝わる、東アヴァロン島北部の伝統楽器なんだって。』
お嬢様がアトラクションのクオリティの高さに素直に感動し、左道様が歴史知識を交えてそこに込められた園のこだわりを解説する。
分かりやすく取っつきやすい役割分担だ。
普段は蘊蓄を語る側であるお嬢様の無邪気なオーバーアクションに、配信を見たネイリスト達も沸き立つ事だろう。
「なんとかロケ当日までに形になりましたね。」
「ええ、ハルさんのご協力の賜物です。」
携帯端末に意識をリンクして付いて来た私とトロンも、不安の種が払拭された事にホッと胸を撫で下ろした。
ほんと、最初の打ち合わせではどうなる事かと思ったもんな。
お二人とも立派になって…
その後は、日が高いうちにジェットコースターなど動きのあるアトラクションの紹介を行い、園内キャラクターや、魔除けの彫刻で有名なクラスウェル洞窟の再現展示の撮影は午後に回される。
レストランの窓越しに夕日が映える時刻になった所で、お待ちかねのお食事タイムだ。
ドリンクはもちろんアヴァロン名物のペールエール、前菜には左道様イチ推しのウナギゼリーが提供された。
『ええぇwwwマジでウナギのぶつ切りがゼリーになってるんですけどwwwどう言う状況これwww』
『これはねー、ウナギの皮とか骨に含まれてるコラーゲンが溶け出して煮凝りになっているのですよ。食べてみて。ナツメグが効いてて美味しいよー』
左道様に勧められるまま、お嬢様は無色透明のゼリーに包まれたウナギをフォークでブッ刺してバクバクと頬張り、ビールで豪快にグビグビと流し込み始める。
流石に食べている姿はアバターでは再現不可能なので、この愛らしい食事風景を直接配信でお見せできないのが残念だ。
「ウナギゼリーってそう言う意味だったんですね。ちゃんとした料理のようで安心しました。」
「ふふ、とんでもないゲテモノだと思いましたか?」
左道様のポケットの中で、トロンが悪戯っぽく笑う。
はい、正直あんまり変な物が出て来て、お嬢様が戻しでもしたらどうしようかと、割と本気で心配してました。
その後も魚の揚げ物やブレッドソースを添えたチキンなど、お嬢様いわくビールに合うメニューが続く。
味変用の卓上調味料もカラフルで、配信的にも中々の取れ高だ。
やがて、とっぷり日も暮れて、園内のライトアップが始まると、いよいよシムラーアヴァロン村の最大の目玉、先史時代の建築物を丸ごと再現したと言う大時計塔の出番となる。
左道様があれほど興奮していただけあって、その迫力は正に圧巻の一言だった。
『ふおぉー!これが例の古代建築ですか!すっっっげー!針時計だぁ!駆動方式は?ひょっとしてクォーツ式!?めっちゃテンション上がるーーー!』
『ふふふ、クォーツ式より更に古い、振り子式時計ですよ。これこそが、かの有名なビッグ・ベン!またの名をエリザベス・タワー!かつてこの大陸の西の果てに存在したと言う伝説の海洋国家、"大英帝国"の象徴であった建物なんです!』
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