第68話 紫陽花とブルーローズ③

「イヴちんって、ハルちんのこと好きなん?」


 ミーガンから突如として投げ込まれたキラーパスに、イヴの思考回路は一瞬フリーズした。


「ちょっ、あなっ!な、何を!?」

「んにゃ?」


 反射的に黙らせようと試みるも、ミーガンは何が問題なのか分からないと言った態度だ。

 それどころか、言葉足らずだったかとばかりに、追い討ちをかけて来る。


「えー、だってイヴちん、チャットにハルちんが参加してる時だけ通信音声のトーンちょっと高くしてるでしょ?それにレース中も打ち上げの間も、ず〜〜〜っとハルちんの居る方角にカメラ向けてたし。それに最初にウチが自己紹介した時、ハルちんに話しかけたら何か背中そっくり返らせて前のめりに…」

 

「ぐっ…くっ、うぬぬ…!」


 ミーガンが事実を列挙する度に、イヴの肩が目に見えて落ちて行く。

 そこまで分かりやすく表に出ていたとは、イヴ自身まったく自覚していなかったのだ。

 サンドバッグ状態となったイヴに、もはや抵抗の術は無かった。


「…はぁ、尊敬はしていますよ。あんなに柔軟な思考で自律行動できるゴーレムは他に知りませんから。それだけです。なんですか突然?」


「にゃはは、ごめんごめん。てかイヴちんって、素の口調そう言う感じなんね。」


 主人同士はお喋りに夢中で、ゴーレムたちの雑談には気付いていないようだ。

 子機によるデータサルベージも、しばらくは終わるまい。

 他愛のない会話に費やせる時間はまだ残されている。


「ウチらMEAGAN型ってほら、ゴーレムっぽくないじゃん?あんま現行機種と話が合わなくてさー。だから、こうやって同類っぽいコが見つかると、つい構いたくなっちゃうんよ。」


「…私の自我がヒトよう化していると?」


 このミーガンがそうであるように、ゴーレムの中にも時おり、不幸にも有機生命体に近い意識形態を獲得してしまう者がいる。


 ヒト様化と呼ばれるその現象は、生涯をオーナーに捧げるゴーレムと言う生命体にとって、己を有るべき自由を失った不完全な存在と定義するプロセスに他ならず、多大な精神的苦痛を伴うとして、極力発生を避ける事が推奨されている。


 オーナー達がゴーレムに個体名を付けず型番で呼ぶのも、構造を有機脳に近付け過ぎたMEAGAN型コアの開発が第3世代で打ち切りとなったのも、全ては人間の都合で創り出されたゴーレムと言う奴隷種族の、最後の尊厳を守るための措置なのだ。


「いえ、確かにそうなのかも知れません。私はお姉様の所有物である事に誇りを持っていますが…そんな風に、主への忠誠に己の意思が介在し得ると考える事自体が、本来ゴーレムが在るべき姿からは逸脱しているのでしょうね。」


「んにゃ、そこまでは言わんけどさ。イヴちんは別に、附子島様に命令されてハルちんのこと意識してるワケじゃないっしょ?そう言うの、なんかいいな〜って。」


 しばしの沈黙。

 人型を、人の都合で歪に崩した異形の影が2つ、先ほどまでより少しだけ近い距離で佇む。


 やがて片割れの紫の機影が、意を決したように少しだけ高めの合成音声を発した。


「ねぇミーガン、やはり貴機から見てもハルは特別に映るのですか?私があなたの同類だと言うのなら、私が惹かれる相手は、あなたにとっても…」


「にゃはははは!ないない!ウチは姐さんのことが世界で一番可愛いんだから!こんだけ付き合いが長いと、もうアレよ?人間で言う娘みたいなもんよ?ゴーレムは機械だから娘産めねーけど!」


 ひらひらと手を振って否定するミーガン。

 まるで有機生命体みたいな仕草だな、とイヴが感想をまとめた所で、2機の自由時間は終わりを告げた。


 問題の古文書を探しに遣わせていたタレットとドローンが、今回の探査の成果を報告しに戻って来たのだ。


「主様、写本用ストレージのデータ容量が基準値に達しましてございます。」

「姐さん、こっちもパンパンみたい。一旦帰りましょ〜」


 お喋りに興じていた女主人2人も子機からの報告には気付いている。


 元より半ば観光地のようなダンジョンだ。

 行き掛けの駄賃に済ませる程の用事もない。


 持ち込んだ水瓶が満杯になれば、あとは撤収するだけだった。


『はーい。お疲れ様、イヴ。』

『ミーガンもお疲れ。そんじゃ帰るべ〜よ。』


 今回の成果は、道中で遭遇したアンフィプテレ5体分の素材と、ストレージ一杯の未解析データだ。


 道中でもザッと中身を見る事はできるが、本格的な解読には、地上の然るべき設備が必要となるだろう。


 少なくとも今ここで、ヴィオレッタとアズールが認識できたのは、たまたま優先的に復元された、ありふれた教本の挿絵だけだった。


『うーん、やっぱり当時の記録からは、ストライダー族の姿しか確認できませんよねぇ…』


『ね〜、どのダンジョンで調べても、この形しか出て来ないんだよね。まるで他の人種が存在しなかったみたい。』


 ヴィオレッタにとっても、アズールにとっても、多くの分野の学者達にとっても、これは人類史上の大きな謎である。


 あまり愉快な想像ではないが、ひょっとすると先史時代には、ストライダー族以外の種族に対して、記録に残る事も許されない程の人種差別が横行していたのだろうか?


 大崩壊直後から1000年前まで、世界の統治を代行していた銀の古老エルフたちであれば、あるいはその答えを知っているのかも知れないが、かの古き賢者たちは黙して何も語ろうとはしない。


『ほーんと、不思議ですよねぇ。昔の人たちホモ・サピエンスあたしたちホモ・イノセンスで、いったい何が違うんでしょうね?』

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