第67話 紫陽花とブルーローズ②
紫と青の異形の影が、ネオム・ダンジョン中層を駆け抜けて行く。
いずれも中量フレームで、両肩に物々しい機材を背負っていると言う点は共通しているが、大きな違いが2つあった。
1つは、青い機体のフレームパーツだけが左右非対称に組まれている事。
もう1つは、紫の機体の脚部関節だけが人のそれとは逆の向きに接続されている事。
目的のため、それぞれ異なる歪な進化を遂げた2つの生命。
見る者の価値観次第で、その姿は美しいとも、悍ましいとも評する事が出来よう。
形の違いは役割の分担を産み、異なる個体間の連携を産む。
人類が…少なくとも現代の人類がそうであるように。
『アズール先輩、一匹そっちに行きました。』
『りょ。ミーガン、やっちゃって〜』
紫の機体が振り回す鎖分銅に追い立てられて、蛇と蝙蝠を混ぜ合わせたような形状の飛行型生体ガーディアンが青い機体に迫った。
アンフィプテレ。
生体兵器の強みである魔力機構のコンパクトさを武器に、小柄な体躯から風の魔術を放って戦う、鬱陶しいアタッカーだ。
アズールの愛機ミーガンは、主からの命を受け、右手に構えた軽オートボウガンで、これに応戦する。
「にゃっ!にゃっ!あっちいけシッシッ!」
パラパラとボルトが散り、アンフィプテレの翼を掠める。
だが、風に乗って自在に動き回る蛇体はそう易々とは捉えられない。
小さく軽いと言う事は、パワーに欠ける反面、慣性に振り回されず自由に動けると言う強みにもなるのだ。
「てけり・り」
「こんにゃろ!チョロチョロすな!」
なおもミーガンは散発的な射撃を繰り返し、アンフィプテレに翻弄され続ける。
右肩のコンテナユニットから飛び立たせた、3つの小さな機影から敵の目を逸らすために。
数瞬の後、突如虚空を1筋の光が切り裂いた。
ZAAAP!ZAAAP!ZAAAP!
即座に2撃目、3撃目が続き、ミーガンをおちょくっていた有翼蛇を、背後から穴だらけにして行く。
意識外からの不意打ちに注意を奪われたその隙を、ミーガンが左手に構えた短距離榴弾砲は見逃さなかった。
『おっしゃ、やり。』
『おみごとー!』
半魔力兵器、雷精レーザードローン。
ゴーレム本体から汲み上げた魔力を湯水のように消費して、雷の術を用いたイオンクラフト飛行で風より自在に宙を舞う、掌サイズの殺し屋だ。
ミーガンの歪なフレーム構成は、この強力だが大喰らいな武器を運用する為に、負荷と積載をパズルのように最適化して行った末に辿り着いた、奇跡のバランスの産物だった。
『ドローンはいいぞ。イヴちゃんにも載っけてみたら?』
『うーん、手数は魅力的なんですけど、直接攻撃オンリーだからなぁ。悩みどころです。』
イヴは狙撃機で、ミーガンは射撃戦機だ。
お互い無い物ねだりをする事はあれど、そも運用思想が根本から異なる。
そして、それ故にイヴの射程とミーガンの手数は相性が良く、ネオム・ダンジョンの深度350まで、ほぼ損耗なしで到達できた。
ここまでは順調な道程と言って良いだろう。
問題はこの後だ。
『さて先輩、そろそろ先端バイオテック研究区画ですよ。』
『だね〜、楽しい楽しい宝探しタイムや。』
そう言って苦笑しながら2人は顔を見合わせた。
ひたすら地味でとにかく時間のかかる、ウンザリするような作業だが、まずは目の前のデータの山に手を突っ込まない事には話が始まらない。
今が配信中でないのが不幸中の幸いと言うべきか。
紙資料はとっくに全て回収されて保存処置を受けているはずなので、手付かずのデータがあるとすれば、記録媒体内のどこかだろう。
『てなわけで。イヴ、タレットの設置お願いね。』
「御意。」
『ミーガン、ドローンのカメラも捜索に回して。』
「はいにゃ〜」
お目当てのデータを探し当てるべく、イヴの両肩から次々と探査モードのタレットが打ち上がり、ミーガンの両肩からは自動射撃OFFのドローンが飛び立って行く。
果報は寝て待て。
しばし手持ち無沙汰な待ち時間が続く事になるが、それはヴィオレッタにとって、退屈ではなく友達とのおしゃべりチャンスの到来を意味している。
『そう言えば先輩、この間のマリカ凄かったですね。あたしベビパの運ゲー以外は全然でしたよぉ。』
『私もほぼ全編運ゲーみたいなもんだよ。八津咲が対人戦でもあんなにアグレッシブとは思わんかったわ。』
あいつと殴り合って勝てる気しねぇもん。
と言うアズールの言葉は、あの交流戦以降、2期生と4期生の共通認識となっていた。
箱どころか業界全体を見渡しても、八津咲ネイルと正面からやりあって、無事に生還できる者が何人いるだろうか?
本人に自覚は薄いが、あの強さは異常だ。
「あ!ねぇねぇ、イヴちん。八津咲様と言えばなんだけどさ〜」
と、不意にミーガンが通信外でイヴに話しかけて来た。
意識形態が有機生命体のそれに近いミーガンは、しばしばこうして他者と取り止めのない会話をしたがる。
さながら親の仕草を真似る子供のように。
「イヴちんってさ、ハルちんのこと好きなん?」
「ぶーーっっっっ!!?!」
意識外からの不意打ちに、イヴも思わず有機生命体のような声を上げた。
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