第66話 紫陽花とブルーローズ①
魔弾の射手
博物学者
哄笑の君
附子島ベノミを表す名は数多くあるが、今日の彼女は配信を付けず、自称:博物学者のヴィオレッタ・ボルヘスとしてここに居る。
彼女が現在潜っているネオム・ダンジョンは、先史時代中後期に勃興した、紅海沿岸部の実験都市の遺構だ。
かつてはモジュール化された巨大な2列の壁のような地上構造が、海岸線から地の果てまで連なっており、その間に超高層長屋とでも言うべき高密度の居住区格が挟み込まれていた。
言うなれば施設配置効率の空間的限界に挑戦したスマートシティ。
人や物の移動に費やすエネルギーを極限まで削減する事で、パワーに欠ける風力や太陽光エネルギー100%での運営を可能とした、省エネ都市の究極形である。
その構想が上手く実現したのかどうか、残念ながら文書記録を超える物的証拠は存在しない。
大崩壊から2000年の時を経た今、現存しているのは、同都市の内陸部分に僅かに残された、地下農業工場モジュール群だけだからだ。
「主様、まもなく着底いたします。」
『はーい。着いたらAルートを強速前進ね。とりあえず、この階層のガーディアンは狩らなくて良いから。』
各モジュールの高さは約500メートル。
天井に擬似太陽光ランプを、床に水耕栽培ユニットを備えた、高さ数メートルの栽培フロアを主体とする、数十の階層が重なって構成されている。
今回の探索の目的は、生体ガーディアンの巣窟と化した施設の深部、先端バイオテック研究所エリアのどこかに未発見のまま残されていると思われる、当時のヒトゲノム編集技術の研究記録の入手だ。
『…やっぱり、ここの居住区もどれも同じ規格だよね。』
栽培フロアの各所にチラホラと、作業員の詰め所だったのであろう、画一的な間取りの部屋が配置されている。
何とも奇妙な光景だった。
ヴィオレッタの常識に照らせば、人類の姿形は、文字通り千差万別であるはずだ。
確かに人口比から言えば、ヴィオレッタのような中肉中背のストライダー族が最大派閥だろうが、それでも人類の大半と言える程ではない。
ここアガルタでも街を歩けば、雲を突くような体格のヤクシャ族や、鳥の脚を持つガンダルヴァ族はそこかしこで見る事ができるし、どの国でも林業政策においては、里山の王者たるゴブリン族の発言力が大きい。
人類は自己家畜化の進んだ猿だと言うが、数ある家畜の中でも、共通の遺伝子からこうも極端に異なった形質を発現する動物は、人間くらいのものだ。
にも関わらず、ヴィオレッタがこれまでダンジョン内で目にして来た先史時代の居住設備の遺構は、どれも一様に同じようなサイズで、ストライダー族による使用だけを想定したような寸法の物ばかりだった。
ヒトとは、いったい何なのだろうか?
その究極の問いの答えに一歩でも近づくべく、彼女は今日もダンジョンに潜る。
否、今日に限っては、彼女たちは、と言うべきか。
「あにゃん?イヴちんじゃん。こんちゃ〜」
「貴機は、
2期生Gemmyのリーダー格、
ライセンスはB級だが、その腕前と知性にはヴィオレッタも一目置いている。
事務所内でも特に尊敬する先輩の1人だ。
『あれま奇遇。ヴィオちゃんもネオムに来てたんだ。』
『ちゃま先輩こそ!ここのガーディアン、あんまり美味しくないですよね?』
ヴィオレッタの言う通り、ここネオムはお世辞にも実入りの良いダンジョンとは言い難い。
わざわざイヴに敵を狩らなくていいと指示を出したのも、単純に弾代で足が出るからだ。
ここネオムの地下農業工場は、植物育成プラントとしての機能が生きているが故に、光合成によって有機生命体の呼吸に適した大気が常に維持されており、生身の人間でも比較的安全に内部で活動する事ができる。
その結果、日々レジャーとして大量に納品される回収物の買取価格は、ここ何年もの間、底値から動いた試しがなかった。
狩場というよりは観光施設に近い本ダンジョンに、あえて割高なゴーレム向け入場料を払って潜る理由など、そう多くは存在しないだろう。
『多分、目的はヴィオちゃんと同じだよ。ヒトゲノム編集技術の古文書、私も探してるんだ。』
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