第65話 怜悧なる黒と静謐なる翠②

「ヒスイ先輩お疲れ様です〜」

『おつかれ様です、ネイルちゃん』


 今日も今日とてお嬢様は、事務所の先輩の左道ヒスイ様とボイスチャットでお喋りのトレーニングだ。

 なにしろ件のテーマパークのロケまで、あと1週間も無いのだから。


 いい加減、人との距離感を測るのに延々と時間をかける悪癖は卒業してもらわねば。

 これまで私が甘やかして来たツケが回ってきた格好なので、ちょっと反省…


『お疲れ様です、トロン殿。そちらの様子はいかがですか?』


『お疲れ様です。A級のアシヤ様に比べれば、マスターの探索スケジュールは穏やかですよ。ハルさんの方はお変わりありませんか?』


 私とトロンも、それぞれの主の近況を報告し合う。

 事務所が雇ったマネージャーも居るが、プライベートまで付きっきりでお世話できるのは、私たちゴーレムだけの特権だ。


「ねぇ聞いて下さいよ、ヒスイ先輩!最近みんな、やたら先輩とのカップリング絵で、私に竿役やらせようとしてくるんですよー!」


「ちょ、お嬢様!夜中に大声で何言ってるんですか!」


 おい馬鹿やめろ、竿とか堂々と言うなし。

 先輩になんて事カミングアウトしとんじゃ。

 

『ッフゥ〜〜〜くふふwwwどこに竿あんだよwww生やすのかwwwネイルちゃんってほんとタチに回されがちだよね。キャラデザがシュッとしてるからかな?』


 こっちもこっちでタチとか言い出しよった。

 第一印象よりも大分ファンキーなお方やな、左道様…


 このままだと会話ログを残せない猥談に発展してしまいそうだ。

 トロン殿も何とか言ってやって下さい。


『私はルリヒス派ですが、マスターには総受けの適性がございますので、竿増設やつヒスFAにも新たな可能性を感じております。』


 トロン、貴機もか。

 大体なにが総受けだってんだよ、自機にあんなご立派なパイルバンカーぶら下げといて…って、何の話や!


 いかん、いかん、私まで発想がアホ3匹と同レベルになって来たぞ。

 惑わされるな…私は清楚枠だ。


 まあ、方向性に言いたい事はあれど、お嬢様と左道様の距離が縮まって来たと、リスナーから認知されているのは良い事だ。


 ロケは来週だが、編集を経て実際に配信されるまでには、もう少し時間がある。

 それまでに、お嬢様と左道様のシナジーをしっかりと磨き上げて行かねば。


「そう言えば私、あれから調べてみたんですけど、シムラーアヴァロン村って、先史時代の建物を復元したアトラクションがあるんですね。」


 そこは、お嬢様の言う通りだ。

 そして、これは実は中々に貴重な事でもある。

 先史時代と口で言えば一瞬だが、なにしろ今から2000年も前の出来事なのだ。


 大崩壊と、その後1000年に渡る銀の古老エルフ統治時代を経て、人の手に歴史が戻ってから更に1000年の時が過ぎ去っている。


 地下で守られていたダンジョンならいざ知らず、当時の建築物の地上構造の図面が残っていて、かつ実際に復元出来ると言うのは、そう有りふれた奇跡ではない。


 このアトラクションひとつからも、経営者のシムラーアヴァロン村にかける情熱が伝わって来るかのようだ。


『そうそう、そうなんよ!この間もちょっと話した極西の古代海洋帝国で、一番有名だった街並みの都市計画の記録が、ブルームズベリー・ダンジョンで発見されたの!で、そこに含まれてた図面データの中から一つだけ奇跡的に完全復元できたのが、その建物だったんだって!歴史ロマンだよね〜』


 左道様が古代の歴史に想いを馳せて、早口に声を弾ませる。

 きっと今、通話の向こうの生身の目はキラキラ輝いている事だろう。


 お嬢様を狩人とするならば、この左道様はさしずめ探検家だ。

 歴史ロマンの追求と、経済的な実利が、ダンジョン探索と言う手段で繋がっている。


 興味の対象が科学技術ではないため、A級ライセンスこそ取得していないが、その精神性にはお嬢様と近しい物が感じられた。


「へー楽しみだなぁ!あとレストランのご飯がどれもビールに合いそうで、そっちも楽しみす。」


『めっちゃ合うよ〜!ちな私のオススメはウナギゼリーです。』


 ウナギゼリー!?

 ウナギを、ゼリーにすんの!?

 待ってそれ本当にシラフで言ってる!?

 ハギスと言い、アヴァロン人ちょっと未来に生き過ぎでは…?

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