第64話 赤い炎と緋い玉③
『くぉ〜ら!チャッピー!人種ネタはNGっていつも言ってるでしょー!それに炎城ちゃんはリリパットじゃなくて、単純に背が低いだけだっての!』
『むえ〜!ごめんなさぁーい!』
大量のガーディアンを倒し終え、最初の通路を抜けた所で5分間のトイレ休憩が始まると、チャッピーは早速、配信に乗らないミュートでスカーレットの叱責を受けた。
そもそも探索者が配信をバーチャルで行う目的の一つが、個人情報の漏洩を防ぐ事なのだ。
それを、こんな風に自ら開示しているようでは本末転倒である。
「なぁ、ボス。よく分からないんだが、揚戸様の中身がリリパット族だってのは世間に知れるとマズい情報なのかい?」
何が問題なのか分からないと言った態度のロイに、レディアは難しい顔を返す事しか出来なかった。
生まれながらに己の肉体という物を持たず、日常的に筐体を使い分けて生活するゴーレムには、身体的特徴を人格と地続きに捉える人間の感覚が理解し難いのだ。
『まあ、人種はどうしても個人特定の取っ掛かりになりますからね。ましてリリパットは少数民族ですし…』
「あぁ、なるほど。つまり素性を隠したいのに、限定品のレアパーツを自分から見せびらかしちまったって事か。そりゃ確かに、妬まれちまってマズいよな。」
『…ぷっ』
『ふふっ』
ロイのいかにもゴーレムらしい解釈に、レディアもスカーレットも思わず吹き出した。
人間も、これくらい冷静に自分たちの肉体と向き合えたなら、どれほど良かっただろうか。
『そう言う事だからチャッピー、本当に気を付けてね。探索中にカメラ小僧に付き纏われて獲物を仕留め損なうなんて、チャッピーも嫌でしょ?』
『はぁーい』
そろそろ休憩時間は終わりだ。
再び、レディア・ホーエンハイムとスカーレット・ケリーから、炎城ホムラと揚戸メノウに戻らなければ。
『ただいまでありますー』
『よい子ども、出すもん出し終わったかー?』
:おかえりー
:お花いっぱい摘んできた!
:やべカップ麺まだ食べ終わってないわ
管理棟は大きく2つのセクションに分けることができる。
施設その物を集中管理する中央管理室と、営業職や事務職が詰めていたオフィス部分だ。
今回の探索の目的は顧客情報の入手にあるため、用があるのは必然的に後者のオフィスの方になる。
『さて問題、私たちは今からどんな記録を漁ればいいでしょーか?』
『ふむ…』
先輩からの再びの出題に、炎城は一瞬だけ黙考した。
普通に考えれば、取引先との関係は金の流れで追う事が出来る。
すなわち狙うは最高セキュリティクリアランスを突破した先にある、サーバー上の売上台帳と請求情報だ。
だが、この先輩がそんな当たり前の事を述べるのに、わざわざクイズ仕立てで視聴者に注目を促すだろうか?
炎城の出した答えは…
『わかった!放置された個人端末をハッキングして、文書作成アプリの自動保存ログから、営業日報の下書きを抜き取るのでありますね!』
『そゆことー!そこならガードもユルユルだし、まだ取引が確定してなかった見込み客の情報も入ってるはずだからね。よい子のみんなも企業スパイする時は参考にしてなー』
:こっわ
:へー今度やってみよう
:おまわりさんこいつです
:転職先への手土産つくるのに良さそうやね
:隣のやつ自称おまわりさんなんだよなぁ
少女のような可愛らしい声で物騒な事を口走る2人に、リスナー達も沸いている。
施設維持ワーカーが健気に生かし続けた個人端末の機能は、本来の主のためではなく、賊に獲物を教えるために、2000年ぶりに働く事となった。
「あはははは!なにこれぇ!この端末、パスワードに"PASSWORD"って設定してあるじゃない!人間って面白!」
『こーら、だからそう言うの口に出さないの。飯の種なんだから…そこは私たちで独占しとかないと。』
独占の下りだけ聞こえよがしに声を潜めて、口の軽いチャッピーを叱りつける揚戸。
これは事前の打ち合わせ通りのやり取りだ。
どうせ解析したパスワードは協会に報告して公開情報となるので、配信内で喋ってしまっても何の損もない。
こうして直接利益につながる情報を提供する事で、先ほど意図せず開示してしまった個人情報への興味を失わせる、揚戸なりの処世術でもあった。
やがて家探しがひと段落すると、本日の成果を確認して、配信は終了へと向かう。
:なんか面白い情報出たー?
:正直カラチはアーモロートの下請けって印象
:繊維製品工場だから取引先はアパレル系だよね
『んー、そうね。パッと見やっぱり出て来る地名は、今で言うアーモロートのアヴァロン州あたりが多い感じかな?』
『書類に使われている言語も古英語っぽいでありますね。これならロイの翻訳DBにも入ってるので、何とか…』
詳しい精査は地上に戻ってからになるが、配信の〆にいくつかこの場で読み上げて見せるのも悪くない。
そう考えて、炎城は適当に目についた書類を自動翻訳にかけ、その内容に疑問符を浮かべた。
『ふむふむ、品目はバイオバッグ補強用の超高耐久抗菌不織布。納品予定地は…"再生特区シャンバラ"?初めて聞く名前でありますね。』
その名を聞いた揚戸メノウは、表情一つ変えぬまま、とうとう当たりを引いてしまったかと、内心天を仰いだ。
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