第81話 平和の代償

『下の歩行型を沼に突き落として窒息させる!合図したら、上のでっかいのを落として!』


 このエアポケットは、恐らく人工生物のテストを目的として地上の環境を再現した空間だ。


 広いだけではなく、雨や風などの気象現象をエミュレートする機能もついており、実際に管理棟への突入前後にも、降雨の痕跡を確認している。


 そうして床に形成された沼を落とし穴として利用し、硬過ぎて倒し辛いブッシュキーパーを手早く沈黙させようと言うわけか。


『了解、ベノちゃん。メノウ先輩、あいつ今から落とすんで拾って下さいね。』


『あいよー、チャッピーのランスの出番ね。』


:あー、ビリヤードみたいにやるのか

:なんたらスイッチ的な

:でも下の弾幕係どうすんの?


 コメント欄の心配ももっともだ。

 ダメージにならないとは言え、今までは曲がりなりにもチャッピーの小型ミサイルがブッシュキーパーの気を引いて動きを制限していた。


 そのチャッピーが落下物への対応に追われている間、自由になった敵は当然、手近なイヴを狙って、自らに有利な格闘戦の間合いまで接近してくるだろう。


 だが、このプランで問題ないのだ。

 こちらの弾幕要員はもう1人居るのだから。


『おけ、最後に1発投げてから下行くわ。ツバサに鳥ぶつけんなよー』


 鳳様の操るバズが、再び両肩のランチャーを回転させ、極小ミサイルの雨を降らせる。


 生体ガーディアンの短所は、有機生命体であるが故に、痛みとそれに対する恐怖心を備えている事だ。


 バブーンカイトは間近に迫った苦痛から身を守るために、反射的に風の鎧を纏う。

 例えそれが通用しないと経験で知っていても。


『やっさん、お願い!』

『あいよー!行けオラッ!』


 ライトアームユニットを起動。

 先程と同じように、電磁加速式オートボウガンが乱れた風を食い破って、敵の体に喰らい付く。


 今度は途中で止めたりしない。

 正中線をなぞる様にボルトを叩き込み、それに気を取られた敵の頭上へと、一直線に飛び込んで行く。


 パルスブースト起動。

 電磁クロー、最大出力!


「てけり・り…!」


 巨鳥が最後の悪あがきに嘴を突き出してくる。

 看板ひとつ貫けなかったナマクラ風情が生意気な。

 電熱で真っ白に輝く左手で、パリィと同時に打ち砕く!


『終わりやオラァ!メノウ先輩ッ!!パァーーース!!!』


 嘴を引き裂いた勢いのままに、敵の頭部を丸ごと焼き潰し、力の抜けた巨大な体を、ダンクシュートのように眼下へと叩きつける。


:本日2度目の頭部破壊きた

:グロ注意グロ注意グロ注意

:お婆ちゃんノルマはさっき達成したでしょ!

:義務グロおつおつ


「きゃー!エッグぅ〜い!ひへへへははは!」


 チャッピーが弾丸めいた勢いで跳躍し、バブーンカイトの首無し死体を追いかけて行く。

 その左手にはお馴染みのブーストランス!


 チャッピーと死骸を結んだ直線上には、ブッシュキーパー。

 バズはその側面をミサイル弾幕で圧し包み、更に正面から例の標識でガンガン叩いて動きを封じている。


「大将、そろそろどかないと轢かれまっせ。」

『分かってる。次いなしたら離脱な。』


 ブッシュキーパーは必殺の鯖折りを仕掛けようと、腕を広げてバズに掴みかかる。


 だが、バズには届かない。

 多脚フレームは2脚フレームに比べて、脚が前後にせり出して付いているため、格闘戦の間合いが遠いのだ。


 4本の脚を大きく広げ、腰を地に着くほど落として、敵が伸ばした腕を下から掬い上げる。


 しかし、こんなにガンガン打ち付けて、果たしてこの標識はクライアントに買い取って貰えるのだろうか?


:ちゅばーーー後ろーーー

:ひかれるーーー!!

:バードストライクかな


 コメント欄が一斉に叫ぶ。

 私が天から叩き落としたバブーンカイトの死骸は、途中でチャッピーのランス突撃を受け、重力と力学的仕事で二重に加速されている。


 当たればゴーレムとて無事では済まない、運動エネルギーの塊だ。


 バズは地に広げた脚をバネのように跳ねさせ、同時にパルスブーストを噴射して、軌道上から退避する。


 そのコンマ3秒後に、先程までバズが居た地点を、首無しの巨鳥が猛スピードで通過した。


「ぬおーーー!あっっっぶねぇ!大将、今のは結構ギリギリでしたよ!」

『間に合ったから良いの!計算通り、計算通り!』


 いや、それぜったい嘘でしょ…

 まあいい、結果オーライだ。


 バズとの格闘のために足を止めていたブッシュキーパーに、この特大のボーリング玉を避ける時間的猶予はない。

 生体ガーディアンの体にはパルスブーストなど付いていないのだから。


CRAAAAASH!!!


「てけり・り!?」


 硬いような柔らかいような、重々しい衝突音が鳴り響き、ブッシュキーパーの体が大きく弾き飛ばされる。


 その先には、先ほど附子島様が探り当てた、雨後に生じる底なし沼!

 人の訪れないエアポケット故にメンテナンス頻度が低い、劣化した排水口の成れの果てだ!


「て、け、ガボッ、ガボボボ」


:頭パーンの次は水責め…

:麻痺してコレがマイルドに見えて来たわ

:お婆ちゃんノルマは2回達成したでしょ!

:やつざき配信はキッズチャンネル


 例によって絵面は最悪だが、弊チャンネルの視聴者はよく訓練されているので、ご安心ください。


「ガボボボボボ!ガボッ!ガボ…!ボッ……」


『ガボガボうるっせぇなぁ。ハル、ちょっと電磁クロー突っ込んで黙らせて。』


 鬼かこの人は。

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