第75話 管理棟にて

『んじゃ、突入するよー』


 揚戸様が先頭に立ち、観音開きの管理棟の扉を開け放つ。

 当然ながら、中は薄暗く見通しが悪い。

 明かり取りの窓はあるが、建物の奥まで入ればアテにはならないだろう。


『あ、ここって入口からいきなり左右に分かれてんの?なら2:2にーにーで行った方がいいか。』


 鳳様が素早く内部の状況を把握し、段取りを提案して来た。

 B級ながらも、この判断の速さは流石配信者と言った所か。


 おっしゃる通り、内部はエントランスからすぐに左右で道が分かれており、どちらもそれなりに広い空間に繋がっているようだ。


『まあ、言うて私ら普段はソロでダンジョンに潜ってますし。経験者とライト係は分散した方が良いですよね。』


 うむ、流石にお嬢様は判断が早い。

 経験者は先輩方2人、ライト係はお嬢様と鳳先輩、よって自動的にお嬢様は揚戸様をサポートし、附子島様は鳳様が引率する格好になる。


『やっさ〜ん、メノウ先輩に浮気しないでね〜』

『大丈夫だよ〜!やつざき別に熟女趣味ないし。』


:ちょwww

:急に刺して来るやん

:熟女趣味(ロリコン)

:これは切り抜き不可避


『おまっ、お前っ!お前ぇーっ!許せねぇよ!今から暗い所で2人きりになるの分かってんのか八津咲ィ、言っとっけど、ここ防犯カメラなんて付いてねーから!!』


 お、お嬢様、それは流石にライン越えでは…

 まあ、揚戸様自身が常日頃からおばを自称しているので、別に良いっちゃ良いか。


 なんかこの方からは雑に扱わなきゃいけない感じのオーラが出ている気がする。

 知らんけど。


『え、待ってwwwなに?とーめんたーずって全員このレベルの攻撃力もってんの?思ったよりやべーの来たなwww』


 鳳様からも無事やべー奴認定をいただいた所で、班分けも済み、いよいよ本格的に探索が始まる。


 私とお嬢様は、揚戸様とともに右ルートを担当する事となった。


 チャッピーとはマリカの時に殺意全開の一騎打ちを演じた間柄だが、あの強さは味方に居ると心強い。

 本当に味方でいてくれるのなら、と但し書きは付くが…

 

「ねぇねぇハルたん、もっと手前照らしてぇ?チャッピー小さいから遠いと見えな〜い」


「何言ってるんですか。貴機の方が私より脚の長さの分だけカメラ位置は高いでしょう。」


 配信に乗らないのをいい事に、むちゃくちゃな事を言い出すチャッピー。


 さてはビックリ系の取れ高を狙って、わざと前方の状況に気付くのが遅れるように仕向けて来ているな。


 キャタキャタと笑いながら、ひっきり無しにこちらを振り返る姿は、本当に揚戸様が操縦しているのか疑わしくなる落ち着きの無さだ。


「チャッピー殿、あまり自律行動が過ぎると揚戸様を困らせてしまいますよ。ほどほどにして下さい。」


「そんな事ないよぉ。チャッピーはご主人サマの合わせ鏡だもん。ご主人サマがしたくても出来ない事を、ぜぇんぶチャッピーが代わりにして差し上げるの!チャッピーはそのために産まれてきたんだからっ!」


 ええと、つまり、このイカレポンチ…もとい、ブッ飛んだ…いやいや、まあともかくアレな振る舞いは揚戸様の内心の願望の代弁であると、そうおっしゃっておられる?

 ハハッ、ナイスジョーク。


「はいはい。では、揚戸様がさっさと回収したいであろう、あちらの物陰のガーディアンを、取り急ぎスクラップに変えて下さい。」


 斜め前方の柱の陰。

 チャッピーが鉢合わせを演出しようとしたのであろうガーディアンの機影を、私の方でもとっくに捉えている。


 一般的なダンジョンで見られる獣型とは異なる、人間の歩兵を思わせるシルエット。


 固定式の内蔵武装ではなく、状況に応じた手持ち武器の換装を前提とした、探査用ゴーレムに近い設計思想の機体だ。


 ナッツクラッカーと呼ばれるそのアタッカーは、やはり人間用の投術杖ブラスター程度の小ぶりな散弾砲を、こちらに向けて構えている。


BLAM!


 大きく動けない屋内、そして散弾。

 軽量機には嫌な状況だ。

 ただただ面倒で実入のない、その問題への回答を、私はシールドで拒否する事にした。


 レフトショルダーユニットを起動。

 非魔力兵器、電磁ヒーターシールド。

 魔力式のカイトシールドほどの防御範囲は見込めないが、サイズがコンパクトで閉所での取り回しがよい。


 小威力の、しかし完全回避は困難な運動エネルギーの群れを、電磁パルスの障壁がまとめて門前払いする。


 一方、チャッピーの方はと言うと、ナッツクラッカーの出題に対して、大真面目に真正面から答えていた。

 ただし、Z軸は大幅にズラしながら。


『おっしゃ、さっそく骨董品ゲット!チャッピー、持ってる小砲は壊しちゃダメだよ。』


「はぁ〜い、ご主人サマ。じゃあ本体はグチャグチャにして良いのねっ!」


 頭上からチャッピーの声が降って来る。

 床からの高さは、およそ4メートル。


 チャッピーは敵機を視認すると同時に、天井スレスレまで跳躍力を抑えて上昇しており、散弾が発射される頃には、既に敵機の目と鼻の先まで近づいていた。


 例え砲口のチョークがシリンダーだったとしても、弾の拡散など望むべくもない距離だ。


 チャッピーはそのまま左手のブーストランスを噴かし、射撃の反動で硬直した敵機の左半身へと突撃して行く。


CLAAAAASH!!!


『お、凄い。武器は無傷だ。流石っすねー、メノウ先輩。』


『せやろー?わかったら八津咲も熟女を崇め奉れよー』


 ナッツクラッカーの左肩が丸ごと抉れて千切れ飛び、切断された左腕が、先程まで支えていた砲身からダラリと垂れ下がっている。

 

 今なら胴体をブチ抜いても、金目のパーツを傷つける心配はない。


 グライドブーストを起動。

 チャッピーを見習って最短距離で突進。

 その勢いのまま、白熱させた電磁クローを、胸から頭部まで貫通させる。


:ぎゃああああ!グロ注意!

:人型だとエグさ5割増しやな

: ノルマ達成


「CrrrrkkCkk…」


 骨董品の古式武器、たったの1丁で査定はおよそ50万クラウン。

 馬鹿げた数字だが、エアポケット産とはそう言う事なのだ。

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