第74話 最寄駅からブースト15分

 アガルタ共和国北西部、ボアジチ海峡を臨むイポーリ・ダンジョンの内部には、その水気の多さを逆手に取って、地上の気候を再現した広大な空間がいくつか設けられている。


 雨や風などの気象現象その物をエミュレートする機能もついており、実際つい先ほどまで大雨が降っていたと思しき水溜まりも散見された。


 建設当時は家畜など人工有機生命体の動作テストに用いられていたのではないかと言う説が有力だ。


『今日のポイントは中層の野外環境シミュレート区画だね。管理棟内の照明が歯抜けになってるから、誰か強ライト持ってっといてー』


 4人の中で最も経験豊富な揚戸様が、リーダーとなって場を仕切る。


 今の発言の意味は、暗所での探索活動に際して、筐体の内蔵投光器だけでは心許ないため、依頼主から貸与されるフラッシュライトを持っていこうと言う提案だ。


『了解、いっこツバサが持ってくわ。』

『あ、じゃあ二手に分かれた時のために、やつざきも持っときます。』


 3期生の鳳様が率先してベンダーからフラッシュライトを引き出し、愛機のTS-4:BUZZバズに取り付けさせた。


 同じく私もお嬢様の意向に従い、同様のライトを頭部に装着する。

 胸部に付けた方が動いた時ブレにくいのだが、万一破損させると保証金が没収になるので、安全のためだ。


「ハル君つったっけ?めっちゃ強ぇって、ウチの大将も褒めてたよ。よろしくな!」


「こちらこそ、よろしくお願いします、バズ殿。エアポケット探索に関しては素人ですが、先達から学ばせて頂きたいと思います。」


 共にライト担当同士、必然的に隊列は私とバズが先頭となる。

 バズはややマニアックな多脚フレームを採用しており、軽量ながら私よりも大分ペイロードに余裕がありそうで羨ましい。


 その代わりと言うべきなのか、重量バランスの関係で増設カーゴコンテナを肩部に付けられず、代わりに保持に用いられた左腕部が丸ごと塞がってしまっていた。


『ツバサ先輩、片腕で大丈夫ですか?戦闘キツかったら、やつざきに回して下さいね。』


『おー、あんがとー!ツバサ戦うのはあんま上手くないから、フォロー頼むわ。』


 おや、鳳様はあまり武闘派ではないのか?

 元気爆発みたいなイメージだったのだが意外だ。

 いやまあ、お嬢様が割と規格外のバーサーカーなので、それと比較したらと言う謙遜かもしれないが…


 輸送車から出て目の前にある崖に沿って少し右手側に進むと、すぐに深く抉れた谷状の構造と、その向こう岸に聳え立つ大きな管理棟が見えてきた。


 谷は地下空間とは思えないほど切り立っており、人工である故かロクにとっかかりも無いため、落ちてしまえば逆関節フレームの跳躍力でも、迂回せず戻るのは困難だ。

 まして今は雨上がりで、壁面がビッショリと濡れている。


『メノウ先輩、まずは向こう岸に見える建物に向かえば良いんですか?』


『そゆことー、ただ橋がボロいから、1人ずつ慎重に渡ってね。特にイヴちゃん、重量ありそうだし気を付けて。』


 揚戸様の操るチャッピーが指差した先には、今にも崩れそうなボロボロの橋が架かっている。


 妙だな、これもダンジョンの一部だろうに。

 メンテナンス優先度が低いのだろうか?


 理由は気になるが、当座の関心事は、我々がこの橋を使うか使わないかだ。


「あまり足場に負荷を掛けたくありませんね。私は向こう岸まで飛んで先行します。」


「自分もそうするわ。橋は逆関節の2機で使ってくれ。」


 グライドブースト起動。

 ここから向こう岸まで、短い距離ではないが、私の飛行性能であれば問題なく到達可能だ。

 

 そして、どうやらバズの方も中々に飛べるクチらしい。

 私より一瞬遅くブーストし始めたのに、ほとんど並走に近い距離で追いついて来ている。


 これはヨーイドンで競ったら私より速い可能性もあるな。

 もっとも、旋回性能込みの総合力なら、負ける気はしないが。


 2機並んで一息に雨上がりの澄んだ空を駆け抜ける。


「ワオ!ハル君やるじゃん!2脚フレームの飛行軌道がこんなに安定してるの初めて見たぜ!」


「そちらこそ!多脚フレームの重さを感じさせぬ、見事な加速の鋭さです!」


 なんか良いな、こう言うの。

 お互い共通の得意分野で張り合うの、ちょっと楽しい。

 バズも熱くなっているようだ。


 乾いた砂色の景色が矢のように流れ去り、管理棟の壁の灰色が瞬く間に視界を埋め尽くす。


 もう少し一緒に飛んでいたかったのだが、多少広くともダンジョンはダンジョンか。

 楽しい時間はあっという間だ。


「おーおー、無邪気に駆けっこしちゃって。ビュンビュン組はせっかちねー。チャッピーたちピョンピョン組は優雅に歩いてきましょ。」


「ピョンピョン…?いや、承知した。」


 チャッピーとイヴには私たちほどの飛行能力は無いため、1機ずつ橋を歩いて渡りながらの谷越えだ。


 なるべく足場に負担をかけないよう跳躍は避け、巡航ブーストで自重を支えるようにしながら、抜き足差し足で滑走している。


『ひゃー…こっわ。これ、帰りには荷物持って通らなきゃいけないんですよねぇ。』


『うーん、正直橋の痛み具合が予想以上だな。ちょっと遠回りになるけど、帰りは地表ルートも検討した方が良いかもねー』


:ほんと酷いな、今にも崩れ落ちそう

:逆関節フレーム重いもんねぇ


 コメント欄もハラハラしている。

 冷や汗をかきながら見守ること数分、どうにか4機とも橋を渡り切って、管理棟の前に集合する事が出来た。


 殿を務めたイヴの背後では、たわんだ金属が反動でのたうち回る音がギイギイと何十秒も鳴り続けている。

 いや、マジでこれ帰り道どうしようか…

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