それぞれの日常
第61話 怜悧なる黒と静謐なる翠①
「………」
「………」
これは聞いた話なのだが、達人同士の立ち合いにおいては、そうそう激しい応酬は発生せず、むしろ視線や筋肉の緊張を用いて、一瞬の隙を誘い合うような静かな戦いが長く続くのだと言う。
互いの呼吸を読み合うかのように神経を尖らせて対峙する、お嬢様と
「いや、お二人ともいつまで睨めっこしてるんですか。」
ごめん、流石に耐えられなくて突っ込んだ。
通信越しならそこまででもなかったのに、顔突き合わせた途端にコレだよ。
お嬢様とメイザース様は現在、近日予定されているアガルタ北部のテーマパーク、シムラーアヴァロン村のPR案件に向けて、打ち合わせの最中だ。
なんでも前々からメイザース様が同園の熱烈なファンで、個人的に推しまくっていた結果ご縁ができ、今では毎年恒例となりつつあるご招待のご相伴にお嬢様も預からせて頂ける事になったのだとか。
あの辺りは交通の便がいまいちで、せっかくのハイクオリティなテーマパークも人気が伸び悩んでいたのだが、有名バーチャル探索配信者である左道ヒスイ様の熱心な布教活動が切っ掛けで再評価された言う経緯がある。
あくまで個人的な趣味から生まれた繋がりとの事だが、今ではすっかりクロウリー社長の営業トークの種だ。
『そんな大型コラボを引っ張って来た立役者が、なんでこんなにオドオドしてるんですか?』
『マスターはオドオドなどしていません。完璧な会話の導入のため、慎重にタイミングを測っているだけです。』
お嬢様達に聞こえないよう、携帯端末同士のショートメールでトロンと会話する。
フレンド登録してあるから、逐一許可を取らずとも私の権限内でやり取りが可能だ。
それにしても、タイミングを測っているか…
物は言いようだな。
「「あっ、あの」」
まずい!被った!
また数分間もじもじタイムが始まるぞ!
勘弁してくれ!
「「お、お先にどうぞ」」
またもや一言一句違わぬ完璧な日和ワード同士を激突させる、お嬢様とメイザース様。
見る者が見れば、両者の間に激しく鍔迫り合いする抜き身のブレードが見えた事だろう。
眺めている分には面白いが、流石にお仕事の打ち合わせがこんな調子では困るので、そろそろ巻きで進行して頂きたい。
仕方あるまい、ここは私が一肌脱ぐか。
「「まずは先方からご依頼のあった重点アピールポイントの確認から始めてはいかがでしょうか?」」
ぎゃー!今度は私とトロンが被った。
もうグッダグダや…
ただまあ、我々ゴーレム組が恥を晒したおかげか、お嬢様たちの緊張は多少ほぐれたようだ。
ぎこちなくだが会話が始まり、件のテーマパークの題材となっている、アヴァロンと言う地域の話題となった。
「あっ、あの、アシヤさんは、アヴァロン群島についてはご存知ですか?お隣のアーモロート・ユニオンの北西部に浮かぶ島国なんですけども…」
ふむ、それなら私も検索した事があるぞ。
ここアガルタ共和国とも継承歴以前…それこそ、
「あっ、はい。存じてます。アヴァロン産のリンゴって高級ブランドですもんね。逆に向こうでは、こっちのカレーとかお茶なんかもよく食べられてるとか…」
更に逆に言うと、あのハギスなんかも元々はアヴァロンの食文化らしい。
マジかよ、あいつら未来に生きてんな。
メイザース様は好きな事に対しては饒舌になるタイプのオタクらしく、お嬢様が食いつくと嬉しそうに、アヴァロンへの想いを語ってくれた。
「そうそう!そうなの!アヴァロンって言う地名も、古い古い言葉でリンゴっていう意味でね!はるか古代から人知れず、金融と海運で世界の秩序を見守って来た、伝説の海洋帝国の末裔が現在のアヴァロン州なんです!歴史ロマンでしょ〜!」
ほえー、そんな歴史があったのか。
正直アーモロートと言われると、大陸側のガリア州やエルトリア州が目立っている印象だったのだが、探せば色々と出てくる物だな。
『なるほど、ダンジョンが建造された先史時代から続く名門地域を題材とするテーマパークですか。バーチャル探索配信者の動画ネタとしてはピッタリですな。』
『そう言う事です。ハルさん、どうぞアシヤ様と共に、マスターにお力添えをお願いします。』
メイザース様のお話を聞く限りでは、特に難しい点は無いテーマパークロケのようだ。
距離も空路で1時間と、ハイデラバードよりは大分近い。
問題は…
「あっ、あっ、あのっ、私がんばりますからっ…ご、ご指導よろしくお願いします…」
「あっ、いえ、あっ、そんな、私も芸歴はそんな変わらないんで、指導だなんておこがましいって言うか…」
問題は、PRを担当する、このお二人だ。
どうにかして当日までに自然体で会話できるようになってもらわねば。
『…トロン殿、よろしくお願いします。』
『…はい、ハルさんも、お気を付けて。』
とりあえず毎日30分…いや、10分で良いから強制的にボイスチャット繋いで特訓だな。
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