第49話 ノイダ・サーキット

 ダンジョンは永久不変の聖域でもなければ、再現不能の奇跡でもない。


 施設維持ワーカーの生産プラントが機能停止してしまえば、そこはもはや死んだダンジョンだ。


 例え後から人工のプラントを移植し、見かけ上の機能を回復したとしても、それはもはや古代の知識を受け継ぐ遺跡ではない。


 そのような、言わば死んだダンジョンの剥製が、首都アガルタシティの郊外には無数にある。


 今回のコラボ企画で使わせてもらうノイダ・サーキットも、元を正せばそう言った廃ダンジョンの再利用施設だ。


「ふぁー、すっごい。ハイデラバードにはこんなの無かったよね。」

「はい、お嬢様。保護条例から外れると、こんなにも近代的に整備される物なのですね。」


 広い!そして明るい!

 お嬢様と私は現在、今週末のコラボ企画に備えて、会場となるサーキットの下見に来ている。


 携帯端末の簡易的なカメラ機能でも、私が普段お嬢様と一緒に潜っているダンジョンとの違いは一目瞭然だった。


 そもそも旧ノイダ・ダンジョン自体も、先史時代に騒音低減の目的で地下に築かれたレース場の跡地だったと考えられているのだ。

 まさに適材適所。


 換気の問題を考えると、走っていたのは恐らく、先史時代中期に一時流行した電気自動車だけだったのだろう。


 先史人類の実利一辺倒ではないセンチメンタリズムが垣間見えて興味深い。


「あっ!見て、ハル!あれ人工ガーディアンじゃない?すごーい、実物初めて見た!」


 お嬢様が楽しそうで何よりです。

 サーキット内に設置されているのは、ディフェンダーの特性を再現した、レース用の障害物ガーディアンだろう。


 あの食虫植物のようなフォルムは、頭部が丸ごと巨大なバンパーユニットとなっている、バルーンフェイスか。


 試合を荒らしすぎないよう移動能力を廃し、とにかく安く頑丈に量産できるよう設計された、アトラクション向けの機種だ。


 お嬢様たち4期生と2期生の先輩方は、今週末このノイダ・サーキットでマリカの対戦の生配信を行う予定となっている。


 マリオネット・スカーミッシュ、略してマリカだ。他意は無い。


「ねえ、ハルはどんな作戦で行ったら良いと思う?私マリカってガチった事ないからよく分かんないんだけど。」


 いや、そのお嬢様が用いるゴーレムである以上、私も同じくエンジョイ勢の域を出ないんですけどね?

 ただまあ、調べてみた限りでは…


「我々は軽量フレームでの参加となります。ぶつかり合いは不利となりますので、足の止まる武装の使用は避け、加速力を活かして小まめなミニターボを狙って行くべきかと。」

 

 マリカの大きな特徴の1つは、全機が機体重量に応じたレース用特殊ブースターを用いる事だ。

 

 滑走が基本で長時間の帯空は出来ず、パルスブーストも使用不能。


 代わりにグライドブーストが巡航ブースト並の燃費で常時使用可能であり、なによりコーナーリング時の減速で生じるエネルギーのロス分を回収して、再加速に用いる事ができる特殊機構が搭載されている。


 ミニターボと呼ばれるこの機構との相性の良さこそが、マリカにおける軽量フレームの最大の強みと言って良いだろう。


「レギュレーション上、最高速度では重量機には敵いようがありません。加速性能を生かした順位調整の自由度を生かして、妨害アイテムの応酬を制するより他ないでしょう。」


 マリカはレースではあるものの、一部のコースには道を塞ぐ為の人工ガーディアンが配置されており、走者相互の妨害行為も一定の条件下で認められている、かなり荒っぽい競技だ。


 その条件と言うのが、持込可能な武装は1箇所のみ、かつ使用可能なタイミングは最終ラップ中のみで、基本的にはレース中に所定のポイントで支給されるアイテムでの攻防だけが無制限に認められると言うルールだった。


「ま、そうだよね。こっちの持ち込み武器は電磁クローで確定として、後は先輩達がどう出るかだよなー」


 そう、結局のところ、行き着く先はそこだ。

 マリカの対戦では、その探索者が最も信頼を置く武器、言うなれば価値観その物が浮き彫りとなる。


 我々配信者は、試合運びと同時にそれを見られているのだ。


 もちろん、味方との連携の兼ね合いもあるが、いつもの探索とは異なるロジック、純粋な配信者としての目線が必要となることは間違いあるまい。


「そこは相手のセッティング次第になりますので、人読みの領域ですね。Gemmyの皆様の過去の構成については調査済みですので、レポートをご確認下さい。」


 目下のところ、直近の装備をこの目で見られたのは、先日ボーパールの一件で協働した、左道ヒスイ様とTRONトロン-八十四だけだ。


 あのインファイト特化機と至近距離でやり合う羽目になれば、投げ物でグラつかされた所にパイルバンカーを叩き込まれて、一撃でピット送りにされかねない。


 他にも相手チームには、軽量逆関節フレームでフィールドを飛び回る揚戸あげとメノウ様や、相対距離を踏み倒すドローン使いの米良めらルリ子様と、手強そうな相手が揃っているのだ。


 勝つにせよ負けるにせよ、しっかりと対策して、視聴者にお嬢様の存在感を刻みつけねば。


「まぁ言うて、別に対戦相手は倒しちゃっても構わないんでしょ?まかしとけって。私、このコラボが終わったら、ベノちゃん誘ってマガダ珈琲の五目パインサラダ食べに行くんだ。」


…大丈夫かな

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