第47話 家に帰るまでが探索です
「…すまぬ。返すつもりが、また借りを作った。」
往路の大変さが嘘のようにスムーズな復路の途中、イヴはポツリと呟いた。
ハウスでの出来事を言っているのだろう。
確かに15秒は長かった。
これがあと2秒短ければ、シールドの破損を当てこんだ賭けなどする必要は無かっただろう。
だが、それは単に借りた筐体のジェネレーター出力が低すぎて補いようが無かっただけであり、イヴにはなんの落ち度もない。
大体それを言うなら、私の肩の片側だけにでも何かしらの武器が積んであれば、時間稼ぎ以外の選択肢が無いなどと言う間抜けな状況はそもそも生じなかったのだ。
結局は単純なハードウェアの性能問題。
ひいては、その程度の機材しか用意していなかった、人間たちの危機管理能力の問題だろう。
「我々が気にすべき事ではありませんよ。私の攻撃能力か、貴機のジェネレーター出力、どちらかがもう少し高ければ容易に回避できたヒヤリハットでした。私たち道具の品質管理責任は、全てそれを扱う人間の側にあります。」
今の言葉はあえて通信に乗せた。
配信ネタにもならない、降って湧いたトラブルではあったが、お嬢様にとって他山の石となるのであれば、骨を折った甲斐も有ろう。
『うぐぐ…肝に銘じます…』
分かればよろしい。
ボーパール・ダンジョンの未探査ダンジョン再指定と合わせて、人間たちへの良き教訓となる事を願うばかりだ。
それに、今回は予期せぬ収穫もあった。
『あっ、あっ、あの…音声ONでは初めまして。2期生の左道ヒスイやってます、ミドリ・メイザースです…』
『あっ、はい、すみません。八津咲ネイル役のヒカリ・アシヤです。どぞ、よろしく…』
何故か会話が毎回「あっ」から始まっているが、ともかくお嬢様と事務者内の先輩の距離が縮まったのだ。
これは喜ばしい。
それに、何を隠そう今回協働した左道ヒスイ様こそは、近々お嬢様がコラボを予定している先輩方の1人でもある。
なんでも歴史ロマンの探究者と言う事で、教養チャンネル的な配信内容が持ち味なのだとか。
予期せぬ形の顔合わせとなったが、こうしてお互いに好印象を持てたのであれば万々歳。
概して、ボーパールでの寄り道は、お嬢様にとって得る物の大きい経験だったと言って良いのではないだろうか?
時刻は19時過ぎ。
少し遅くなってしまったが、さっさとチェックインを済ませよう。
お嬢様には約束通り、お風呂に入って暖かいベッドでゆっくりと体を休めて頂かねば。
明日からはまた…
…あっ!
そう言えば私、明日の朝からまた15時間ぶっ続けで運転させられるんだった!
クソッなんて時代だ!
――――――――――――――――――
―同日 19:23
アガルタシティ内某マンションにて―
「ふぁー!終わった〜!お疲れ様、イヴ。突発で潜らせちゃってごめんね。」
「滅相もござりませぬ。主様の命とあらば某は喜んで…」
ヴィオレッタと
彼女が探索者を目指そうと思うよりも遥か以前、それこそ10代前半の頃から共に学び育って来た。
ヴィオレッタの感覚では、イヴは召使と言うよりも、よく出来た妹に近い。
だからこそ、努めていかめしく作ったその口調を震わせる憂いに気付くことができたのだろう。
「ハルちゃんの事?」
「それは…」
イヴは一瞬取り繕おうとして、やめた。
パーソナルな感情に関して、隠し事をする権限は与えられているが、この聡い姉のような主に対して、それが上手く行った試しがない。
「…己の未熟を恥じておりました。結局また無様に庇われてしまった。私に、あの方の半分も機転が備わっていたなら、こんな醜態をお見せする事は無かったのに。」
現在のイヴは狙撃機の運用に最適化されたゴーレムだ。
前衛の守りを前提に行動する事それ自体はなんら恥ずべき事ではない。
まして慣れない上に低性能の筐体を使っていたのでは尚の事だ。
だが、そう言う話ではないのだろう。
この子にも、より強くアップデートされたいと思える理由が出来たのだ。
その気持ちは、機械であり生命でもあるゴーレムには、本来許されて然るべき物のはずだ。
「そっか。」
責任は、全て扱う人間の側にある。
ハルの言葉を聞いた時、痛い所を突かれたと思った。
イヴとヴィオレッタは姉妹である前に、ゴーレムとそのオーナーなのだ。
イヴが与えられた役目に対して、己の性能を不十分と感じるのであれば、そのギャップを解消する責任がヴィオレッタにはある。
「分かった。もうちょっと潰しが効くように調整を考えてみるよ。」
逆関節フレームの武装構成は積載量との戦いだ。
マウント箇所は胸部の格納スペースを使えるだろうが、代わりにどこを削ったものか。
無論、ソフトウェアにも手を加える必要がある。
「ごめんなさい。ありがとう、お姉様。」
「どういたしまして。可愛い妹の頼みだからね。」
しばらくの間、ヴィオレッタの朝は少しばかり遅くなりそうだ。
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