第45話 モンスターハウス

 一体なにが罠の起動トリガーだったのか。

 今更考えても詮のない事だが、幸い直撃を受けたのは、イヴではなく私の方だった。

 

 植物性の生体ガーディアンは、自分達の体組織を肥大化・木化する事で、丸太のような構造を作り出し、この部屋の出入り口付近の天井に罠として組み込んでいたのだ。


 咄嗟にシールドで受け止めたため、外装に損傷はないが、宙に浮きながら突き飛ばされる格好となった私は、そのまま成す術も無く廊下を突っ切り、1ブロック先の大部屋まで一直線に叩き込まれる羽目になった。


『ハル!』

「しまった!こんな体勢で…!」


 ボルヘス様の危惧した通り、大部屋の中には複数体の生体ガーディアン!

 丸太に盾を、すなわち室内に背を向けた姿勢で突入した私は格好の的だ。


 バーゲストが5体、ナックラヴィーが2体、ノッカーが多数。

 せめて囲まれる前に通路まで退きたいが、敵との距離が近い。

 

 すぐ背後でバーゲストが飛び上がった気配がする。


「ハルから離れろッッ!!」


 裂帛の気合いとともに、イヴが弾丸のような勢いで飛び込んでくる。

 この筐体で、どうやってその速度を?


 と、思ったが、左手を見て納得した。

 なるほど、ゴム紐の収縮を利用したのか。


『ハルちゃん!動いちゃだめ!多分この部屋の床も罠だらけにされてる!』


 言われて足元を照らしてみれば、蔦のネットの凹凸に紛れて、不自然な突起のようなものがあちこちに見えた。

 

 これを一つ一つ確かめながら動いていたら、通路に到達する前に、確実に敵に追い付かれるだろう。


 やむなく、私はその場でイヴを背に庇い、多正面作戦に切り替える。


「「てけり・り」」

「ええい、鬱陶しい!」


 2方向から飛びかかって来たバーゲストのうち、左側の爪をシールドで打ち砕き、右側の頭をヒートブレードで叩き割る。


 攻められない、さりとて守っていては数に押しつぶされる。

 必然的に選択肢は攻撃的なカウンターに絞られる形となった。


『イヴ!ハルちゃん!なんとか持ち堪えて!もうすぐ応援が来る!』

「応援ですと?」


 どう言う事だ?

 ボーパールの探索者協会にA級探索者の登録はないはず。

 この状況で寄越せる人員など…


「「「てけり・り」」」

「考えるのは後か!」


 バーゲストの第二波は3体同時だ。

 今度はシールドを攻撃に回す余裕はない。

 ブレードで1体焼き斬る間に、こちらの盾に2撃分の負荷。

 ギシリと嫌な感触が左腕を駆け上がる。

 ジョイントが緩んだか?


「15秒待て。掃射モードで殲滅する。」


 イヴがレンタル筐体の粗末なジェネレーターをフル稼働させて、ブラスターのチャージを始める。


 15秒。短くはない時間だが、やるしかない。


 こちらに踏み込み過ぎたバーゲスト1体を横薙ぎに一閃、返す刀で運良く間合いに留まっていたもう1体も撃破。


「あと10秒。」


 第一波の生き残り1匹は既に爪を砕いてあるので脅威ではない。

 ノッカーの大群が到達。

 シールドでいなす。

 ギシギシ軋んでいるが、まだ保つ!


「あと5秒!」


 ナックラヴィー。

 恐らく盾は保たない。

 咄嗟に命綱のゴム紐を拾って投げつけ、脚に絡ませて転倒させる。

 滑って来た所をブレードで断頭。


 2体目が来る!

 もう脅威はこれで最後だ。

 壊すつもりでシールドを構え、迎撃する。


「てけり・り」

「上振れてくれるなよッ!」


 ナックラヴィーを真正面から受け止める。

 受け流しは無しだ。避けたら後ろのイヴに当たる。

 いよいよ限界を迎えたシールドのジョイント部が、バキンと音を立てて私の左腕を離れて行く。

 計算通り!


『こう言う事ですよ、こういう事ッ!飛んでけぇおらぁーーーっ!』


 お嬢様と私の狙いがシンクロする。

 攻撃を意図した動作ではない。

 ただ身体を逸らすだけ。


 脱落したシールドをソリとして、踏ん張った筐体をジャンプ台として、ブヨブヨと柔らかな生体ガーディアンの身体を、真っ直ぐ背後の頭上へと、敵自身の力で射出する!


 今の私の筐体は、イヴと同型の中量フレームだ。

 私の頭より上に放り上げてしまえば、イヴには絶対当たらない。


「待たせた、後は任せよ!」


 イヴが掃射モードでフルチャージしたブラスターを、大部屋の床一面を舐めるようにブチ撒ける。

 

 背後にいなしたノッカー達が、たった投げ飛ばしたナックラヴィーが、なすすべもなく凍り付き、砕け散って行く。


「お見事です、イヴ殿!」

「ハルのおかげだ!貴機と居ると負ける気がしない!」


 さて、仕上げだ。

 武器を奪ったまま後回しにせざるを得なかったバーゲストが一匹、まだ残っている。

 

「てけり・り」


 バリバリと音を立てて、バーゲストの頭部の花が開いた。

 恐らくこのダンジョンの生体ガーディアンは全て、ここが魔力砲として機能するのだろう。

 

 だが生憎、チャージも発射も、兆候はこの妙に高性能な魔力センサーでとっくに把握している。

 今さら目の前でこれ見よがしに構え始めているようでは話にならない。


 つかつかと歩み寄り、花を撥ねる。

 まったく腹立たしい良かった探しだ。

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