第27話 第1暫定ルート①

『イヴ、頭ぶつけないように気を付けてね。』

「御意。」


:ベノミ様お優しや

:これはキレイジー

:イヴたん気を付けて〜

:現在位置がぜんぜん分からぬ


 薄暗いダクト内の映像の隅を、附子島様のリスナー、ベノ民達のコメントが流れて行く。

 完全な真っ暗闇でないのは、イヴがビーコンとして設置した多目的タレットが光源になっているためだ。


『ベノ民さんたち画面暗くなーい?見えづらかったら調節するからね。』


:平気だよー

:むしろ音量がちょっと小さいかも

:奥になんかおるな


「前方に敵影、チャイムシェルにございます。始末いたします故、ご下命をば。」


 チャイムシェル、小さな巻貝型のボディに音響センサーを納めたウォッチャーカテゴリのガーディアンだ。

 真っ暗なダクト内などへの配備が想定されているため、視覚センサーをオミットして極限まで小型化されている。

 

 音の反響する閉鎖空間で不用意に近づけば、その摩擦音だけで発見され、スパークルフィンなどの特攻型アタッカーをけしかけられかねない、危険な相手だ。


 あれ一回狙われると、床を飛び跳ねながらどこまでも追って来て、避けづらいんだよな。

 飛んだら飛んだで壁伝いに跳んで追って来るし、爆発するからパーツもロクな状態で採れないし、作ったやつ性格ねじ曲がってるだろ。


『おっと、ウォッチャー居たか。イヴ、念の為にロックオン限界まで下がってから狙撃して。』

「御意。」


 附子島様の対処は模範的と言える。

 お嬢様なら、榴弾か何かでわざと音を反響させ、それに紛れて接近戦を仕掛ける所だが、そこまでして丸で獲っても、買取額は1000ちょっと。

 はっきり言って趣味の領域だ。


 イヴは足跡を立てないよう巡航ブースターで慎重に距離をとると、右手甲のスリットに円形の静音手裏剣を噛ませた。


 磁力によって浮き上がり、恐るべき高速回転を帯びた環状の刃は、ソニックブームを伴わないギリギリの速度で投射され、静かにチャイムシェルを両断した。


: ビューティフォー…


「主様、下方に空洞らしき反響が。」

『お、何かみっかった?入ってみて〜』


 エアダクトを進むこと1分。

 その部屋はすぐに見つかった。


:なんやここ

:電気室かな?

:郷土資料館でみた古代の配電盤があんな形だった気がする

:ベノちゃんの専門じゃないんだよなぁ


 そうなのだ。附子島様の専攻分野は、古代の生命工学だ。

 居住区型ダンジョン内部の植生や、生体ガーディアンの習性研究を領分とされている。


 タレット使いとして、現代電子工学への造詣は深いのだが、霊子や魔力場を考慮しない純粋電子工学となると、門外漢と言わざるを得ない。

 

『ベノちゃん、大きい機械に触らないように気を付けて。多分そこ屋内変電所がある。』

『あ、やっさんだ。アドバイスありがとー』


 見かねたお嬢様がボイスチャットで乱入して来た。

 電気周りは、うっかり触るとダンジョンの機能を死なせてしまいかねないデリケートな領域だ。


 こうして立ち入り禁止エリアが見つかった事で、附子島様にはそれなりのインセンティブ付与が見込めるだろう。

 ライバルに塩を送る形となったが、安全には変えられない。


『あ、あとできたら、配電盤からの電気の流れもデータ取ってみて。送電線の配置が分かったら、エレベーターの位置が絞り込めるかもしれない。』

『ほんとー!?たすかる〜!』


:まじか!

:やつざき有能

:これはぐう聖


 お嬢様の野郎!推し相手だからって、塩だけじゃなく砂糖まで貢ぐつもりか!

 勝負の最中だと言うのに、これだからオタクって人種は!

 

 せめてもの査定の足しにしてやろうと、こちらも探査筐体側の視界でカモを探すが、なぜかウォッチャーの一機も見当たらない。

 

 いくら第3ルートが裏口とは言え、この静かさは異様だ。

 せっかく非魔力式の内装で固めて来たのに、日頃あれだけ鬱陶しいプリズムアイズは、ここには一機も配備されていないのか?


 んなアホな。

 これはまるで、何か他のトラブルが起きて、総出で対処しているかのような…


:ホムちの方と違って、こっちは平和だ


 ん?ホムち?


『うおおーーッッ!!全員消毒ーーーッッッ!!!このダンジョンを清潔にいたしましょーーー!!!』


 こいつが原因かーーー!!!

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