第22話 サンダースケイル
「仕掛ける。」
イヴは逆関節ジョイントの脚部をうならせ、一瞬にして20メートル近く高度を稼いだ。
持続性は無いが、瞬間的な加速度はパルスブーストを上回っている。
なんとも動画映えしそうな機能だ。
前方距離50にサンダースケイル。
イヴは巡航ブースターで高度を保ちつつ、空中にタレットを設置していく。
タレット本体には高度維持用の小型スラスターしか搭載されていないため、位置取りはイヴ自身の機動力が頼みだ。
『対空砲火が来た!イヴ、回避を優先して!』
「御意。」
サンダースケイルは、言わば頭と尾の付いた巨大なパーテーションだ。
自ら敵に近づいて攻撃するような運用は想定されておらず、設置式の砲台と連携して最深部の防衛に当たっている。
砲台の設置数は6基。
イヴは回避機動を取りつつ、手裏剣で反撃するが、流石に装甲が厚い。
『ベノち!動かない的ならロイにお任せください!榴弾砲撃てーーーッ!!』
「ラジャー、ボス!」
ロイがライトショルダーユニットの連装榴弾砲を起動する。
小型の砲身を2連装にする事で、威力と小回りを両立した傑作モデルだ。
イヴの射撃を受けてグラついていた砲台が一つ、へし折れて機能を停止した。
しかし、その代償に射撃反動で一瞬だけロイの足が止まる。
そして当然その間も敵は攻撃の手を止めてくれはしない。
『ハル、シールド。』
もちろん、そんな事はお嬢様も織り込み済みだ。
どの道、敵のアーマーが剥がれるまで、私の攻撃はロクに通らない。
前半戦の私の仕事は主に味方の防御支援となる。
レフトショルダーユニットを起動。
半魔力兵器、雷精電磁カイトシールド。
魔力機構を組み込む事で、大型化と引き換えに、連続出力時間と防御範囲を両立したハイエンドモデルだ。
ロイに向かってくる砲撃を受け止めて無力化する。
ブーストの勢いを殺しきれず、ややサンダースケイルに接近してしまったが、リカバリ可能範囲内だ。
「SHYY!!」
『おっと、思ったより速いわこいつ。』
速い。そして間合いが見かけ以上に広い。
よほど気を付けていないと、意図せず敵の迎撃圏内に踏み込んでしまいそうだ。
サンダースケイルが振り抜いた尾の先端速度は、サーベルトゥースの突進にも匹敵する。
お嬢様の動体視力でも、あらかじめ構えていなければ躱し切れなかったかもしれない。
速さは鋭さ、そして重さに通じる。
炎城様の提案通りに、ロイを火炎放射の間合いまで踏み込ませていたら、いかな重装甲機と言えど無傷では済まなかっただろう。
「相対距離が大分近づいて来たぜ!イヴ、タレットはまだかい?」
「予定設置数まであと1基だ。しばし待て。」
ブーストを噴かし続けられなくなったイヴが、一旦地上に降りて来た。
再度の跳躍の為に脚部に力を込める、その一瞬の静止を、サンダースケイルの頭突きが襲う。
「GGGRRRYYY!!」
『ハル、シールド!』
アーマーより何より、まずこいつの動き自体が雷のような鋭さだ。
イヴの前に割り込んで、カイトシールドで受ける。
重い。
真正面から受けたのは初めてだが、これ程か!
ノックバックでイヴにぶつかっては元も子もないので、どうにか踏ん張りたい所だが、軽量フレームでどこまで抑え込めるか…
『ロイ!ハル殿を支えるであります!』
「ラジャー!」
ロイが私とイヴの間に割り込み、ガッチリを背中を支えて来る。
不本意な後退が止まった。
ロイの重量から考えて、見てから動かし始めたのでは、このタイミングには間に合わなかったはずだ。
炎城様は、私がシールド支援に向かう姿を見た瞬間、こうなる可能性を考慮して、即座に保険を仕込んでいたと言う事か。
なんだ、第一印象通りのクレバーなお方じゃないか。
「主様、予定数のタレットが揃いましてございます。ご下命を。」
ようやく準備が整った。
イヴのタレット設置をロイが砲撃で援護し、ロイの砲撃の隙を私がシールドでカバーする。
即席チームにしては中々の連携だったのではないだろうか?
6基あった砲台は既に半数が機能停止している。
あとはジャミングが通りさえすれば、こちらの手番だ。
『みんなご苦労様!イヴ、あたしが手動でジャミングを開始する。タレットの制御権限をこっちに回して。』
「御意。」
タレット設置のためとは言え敵機に大分近づいてしまった。
長い尾が鞭のようにしなり、我々の接近を拒絶する。
3機一斉にバックステップで後退…否、左舷側のイヴがまだ接地していない!
このままでは、着地の隙とサンダースケイルの尾が重なる!
「お嬢様!」
『分かってる!飛べ!』
お嬢様の入力に従い、即座にパルスブーストで左に方向転換!
サンダースケイルの尾に追い付かれるより早く、イヴを抱き留めて離脱する軌道だ。
だが間に合うか?猶予は…
『間に合わすよ、ハル!私たちはベノちゃんの騎士なんだからっ!』
ですよね!愚問でした!
操縦アシスト権限で姿勢修正。安定性を度外視して、極限まで空気抵抗を低減する。
後頭部スレスレまで迫った尾よりもコンマ2秒速く、私の左手の鉤爪がイヴの右掌に接触した。
背部パルスブースター噴射終了。
そのまま倒れ込むように慣性のバトンをイヴに渡し、床に押し付けた逆関節脚部の水平跳躍速度に合算。
私とイヴは手を繋いだまま、地を滑るように飛翔する。
サンダースケイルの尾が、背後で空を切った。
『っしゃおらぁ!こう言う事ですよ、こう言う事!』
お嬢様、台無しです。
イヴを下ろして再び敵機に対峙する。
この距離なら、もはや尾も頭突きも届きはしない。
「かたじけない。貴機の機転に助けられた。」
「無事で何よりです。お互い主に恥をかかせずに済みましたな。」
タイミングを計っていた附子島様のアバターが、ニタリと亀裂のような笑みを浮かべる。
『ありがと、やっさん、ハルちゃんも。さあさ、
―バツン
音ならぬ音が、我々ゴーレムの耳だけに響いた。
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