第18話 騎士叙任

「ひぃぃ…き、来て、しまった…」

「お嬢様、お気を確かに。」


 面接に訪れたゴールデンドーン社の事務所の立地は、まあ予想通りと言うべきか、裏通りの雑居ビルの一室だった。


 都内の駅から徒歩10分圏内と言う条件で、家賃を現実的な範囲に収めようとすれば、必然的な結論だろう。


 ほとんど内定が確約されている話とは言え、面接は面接。あまり情けない姿を見せてもらっては困る。


 私は現在、お嬢様の多機能携帯端末に意識を飛ばしているので、ある程度のサポートは可能だ。


 とりあえず、カメラ機能の自撮りモードを手鏡代わりに身だしなみを整えさせ、約束の時間の15分前を見計らって受付まで誘導する。


「しゅっ、しゅみませっ!本日11時から…め、面接のアポイントを、いただだだいております、アシヤと申しますっ!」


 いや、噛みっ噛みやないかい!

 大丈夫か?このザマを見せて先方の気が変わったりしないか?


 いきなり不安になったが、幸い応対してくれた女性はにこやかな態度を崩さなかった。


「あぁ、お待ちしておりました。アシヤさんですね。本日はよろしくお願いします。」

「よ、よろしくお願いします…」


 服装は私服…いや、オフィスカジュアルか。

 スラリとしたスレンダーな体形で、やや背が高い。

 私は探査用筐体として全高170cm級の軽量フレームを用いることが多いが、彼女と並んで背を比べたら、多分こちらが負ける。


 何より特徴的なのは、その長い銀色の髪の毛だ。

 私の美的感覚が人間のそれとどの程度近しいのかは分からないが、お嬢様と並んで立てば、艶やかな黒髪をさぞ引き立ててくれる事だろう。


「では、ここでお待ちください。今お飲み物をお持ちしますね。」

「は、はひっ!おかまいなくっ!」


 お嬢様は相変わらずガチガチに緊張している。

 どうにか緊張をほぐして差し上げたいところだが、今の私は携帯端末だ。

 パーテーションで区切られただけの応接スペース内で不用意に音を鳴らして、先方の心象を悪くすることは避けたい。


 どうにか文字情報だけでお嬢様を元気づけ、時折上がる奇声にハラハラすること数分、先ほどの銀髪が40がらみの男性を連れて応接スペースに戻って来た。


「お待たせいたしました、代表取締役のジュンジ・クロウリーです。」

「ヴィオレッタ・ボルヘスです。アシヤさん、本日は遠くからお越し頂きありがとうございます。」


  ふむ、初手から社長面接か。

  ある程度予想はしていたが、これは二次面接は無いな。


  今日の結果いかんで、そのまま採用の可否が決定するだろう。

  お嬢様、ご武運を…


「…ヒカリ・アシヤと申します。本日はお忙しい中、貴重なご機会を頂き、まことにありがとうございます。」


 しゃなりと優雅に一礼するお嬢様。

 この人、緊張が一周するとちゃんとできるんだよなぁ。

 普段からこれができてれば…


 お嬢様の自己紹介と経歴の確認、先方企業の事業内容の説明などが済むと、代表取締役だと言うクロウリー様はおもむろにラップトップ端末を開き、動画ファイルを再生し始めた。


「これは…私の前回のイズミール攻略配信の切り抜きですか?」

「はい、こちらのボルヘスが資料用にまとめた物の一部です。すこし飛ばしまして…特に弊社が注目しているのは、この部分です。」


 クロウリー様がシークバーをいじる。

 これは…深度500帯の組み立てラインの先で遭遇した、あの恐竜型ガーディアンとの交戦時の映像か。


「フレイムタン、と呼称される事に決まりました。アシヤさんが遭遇した時には、まだ公開もされていなかった、新発見の機種です。」

「フレイムタン…あの炎の純魔力兵器を舌に見立てているんですね。」


 こくりと頷いて、クロウリー様が続ける。


「これの撃破に成功したのは、あなたが2人目です。それも事前の情報は一切なしで。類稀な才能だ。それも、探査用筐体を中破させられた状態からの見事な逆転勝利。結果も、そこに至る過程も、ダンジョン探索配信として満点と言っていい。そして何より…」


 クロウリー様が隣の銀髪女性、ボルヘス様をチラリと見やる。

 なるほど、お嬢様のスカウトに積極的なのは彼女の方か。


「アシヤさんの戦いには華があります。峻烈ながらも舞い踊るような、その白兵戦の技術。狙撃が中心になりがちな私の配信に最も欠けている、ダイナミックな高速機動。あなたの美しさに、私はすっかり魅了されてしまいました。」

「え、狙撃って…ひょっとして…」


 何となく話が見えて来たぞ。

 送られて来たDMによれば、モグライブ4期生の選考は、先んじて入社を決めた附子島べノミ様のサポートメンバーを選ぶ形で進んでいるとの事だった。


 で、あるなら。

 採用面接には当然、附子島様ご本人も面接官として同席したいだろう。 

 察するに、このボルヘス様というお方は恐らく…


「わたくし附子島べノミは、八津咲ネイル様と共にある事で、お互いを今よりも何倍も輝かせ合えると確信しております。八津咲様、どうかその巧みなる技をもって、私の騎士様になっていただけませんでしょうか?」


「はひぃッ!!よ、よろごんでッッッ!!」


 おい、奇声やめーや。

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