第17話 冥府への誘い
検索結果によると、ゴールデンドーン社は数年前に設立されたバーチャルダンジョン探索者事務所『モグライブ』の運営会社らしい。
ダンジョン探索は、動く金額の大きい山菜取りと例えられることが多い。
ダンジョン産資源に需要は有れど、その供給ペースは結局のところ、ダンジョン内に組み込まれた自動プラントのご機嫌次第。
大企業をいくつも養えるほどの市場規模には物理的になり得ないのだ。
故にダンジョン探索者の大部分は資本力に限界のある個人事業主であり、広報や副収入、あるいは企業案件の獲得を目的として、動画配信活動を行っている者も少なくない。
そして、そんな探索者兼配信者が、個人情報の流出リスクを低減するためによく用いるのが、バーチャル配信と言う手法だった。
具体的には、探査用筐体のカメラアイから送信される映像データを視聴者と共有し、そこにリアルタイムで動かせるアバターを重ねて、そのキャラクターが喋っているという体で司会進行を行う。
こうする事で、顔出しをせずとも臨場感のあるライブ配信を演出できると言う仕組みだ。
そんなバーチャル配信者達を、アバターとセットで一種の芸能タレントと見なし、マネジメントを行うのが、ゴールデンドーン社の主要な業務だった。
普通この手の事務所は、個々人の探索活動にはなるべく口出しせず、グッズ販売やライセンスを収益の柱とするのが常だが、高ランク探索者を多く擁する事務所であれば、会社主催の企画として所属タレント複数名による合同探索が実施されたりもする。
そういった点では、このゴールデンドーン社は中々の有望株と言えよう。
「へぇ、そこそこ実績あるんだね。そっか、あのレジェンズの所属事務所なんだ…」
「確かエスファハーンの初踏破に成功したチームでしたか。道理で微かに聞き覚えがあると思いました。」
エスファハーン・ダンジョンはアガルタ共和国の中南部に位置し、近年C級以下の立ち入りが解禁されたばかりの人気ダンジョンだ。
元はかつて存在した超巨大製鉄所の地下に秘匿されていた、避難シェルター施設と目されており、多種多様なガーディアンによる分厚い防衛網が、長らく開発の手を阻んでいた。
2年ほど前に、それを突破して最深部までの安全ルート構築に成功したのが、ゴールデンドーン社所属の探索者3名によるチームだったのだ。
当時はまだ、そのチームに名は無かったが、同社の契約タレントが増え、加入時期ごとにカテゴリ分けが行われるようになってからは、こう呼ばれている。
モグライブ1期生、偉大なる『
「それで、いかがなさいますか、お嬢様?せっかくのスカウトです、お話だけでも伺ってみては?」
「う…うん、でも…私なんかがさぁ…」
そう、スカウトだ。
今さらと言うか、ようやくと言うか、先日のイズミール攻略動画を見たというゴールデンドーン社の採用担当が、国内最強の探索者であるお嬢様に白羽の矢を差し出して来た。
1期生『レジェンズ』、2期生『
私としては是非とも、お嬢様には面接を受けて頂きたい。
お嬢様が日々無料で配信している値千金の情報が、ご本人の引っ込み思案な性格によって、実態に見合わぬ知名度に甘んじている事は、あまりにも大きな損失だ。
このお方が最も苦手とする自己アピールを、その道のプロに委託できるのであれば、その効果は人類種の前進をすら意味していると、私は考えている。
「わ、私って、ほら…見た目も、こんなだし…喋るのも、上手くないし…みんなの事、こ、怖がらせちゃうしさ…個人勢で細々とやってるくらいが分相応っていうかさ…ふへっ、へへ…」
「はぁー…」
…のだが、案の定、お嬢様は意味わからん理由で渋っている。
そもそも見た目なんぞ画面越しでは見えやしないし、トーク力は私を操縦しながらネイリスト達とプロレスをこなせる時点で十分な水準だろう。
怖がられると言うのも、極端なあがり症と、TPOを弁えないオラ付いたファッションセンスと、ボゲェーっとした無表情すら意味ありげに演出してしまう怜悧なお顔立ちが主たる原因なので、バーチャルで顔出しせずに活動する分には何の支障もない。
結局のところ、このお方は環境の変化を怖がっているだけなのだ。
故に私は、勝利を確信する。
なぜなら、送られて来たDMには、そんな根拠薄弱な怯えなど一撃で打ち砕くほどの、お嬢様が決して抗えない、絶対的な欲望の矛先が記されていたのだから。
「本当に辞退してしまってよろしいのですか?DMによれば、4期生は実質的にあのお方のサポートメンバーの募集であるとの事ですよ。お嬢様の大好きな、あの附子島べノミ様の。」
「ん゛っっっふぅ゛ぅぅッッ♥」
ね、簡単でしょ?
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