第14話 胎動
:すげええええええええええええええええ
:あそこから近接一本で逆転するのヤバすぎワロタ
:やっさん最強!やっさん最強!
ネイリスト達が湧いている。
今日のリスナーは実に運が良い。
お嬢様の本気を目に出来る機会など、そうそうある物ではないのだから。
『…あっ。それじゃ、敵倒したから手動操縦切るね~』
お嬢様の気配が遠ざかって行く。
大暴れしてスッキリしたのか、ガンギマリ表情パターンは解除済みだ。
機体制御権を返されて、改めて体の重さを実感した。
勝ちはしたが、中破状態で無茶な高速機動をしたせいで、筐体はもうガタガタだ。
前回の挑戦から1つ先の区画を見られた事を成果として、このまま帰還すべきだろう。
と言うか、さっきからもう声が出せない。
スピーカーがやられたか。
『えー、てなわけで。無事に深度500を切りのいい所まで探索することが出来ましたので、今回はここまでにしたいと思います。ハルもボロボロや。よく頑張ったね。』
:それはそう
:その損傷であの動きして、よく空中分解しなかったよな
:ハルやん休ませてあげてー
再び猫を被り直したお嬢様が配信を〆にかかる。
先程の暴れっぷりなどおくびにも出さない、いつもの可愛らしいお嬢様だ。
『うんうん、ほんと紙一重だった。それじゃ、次の配信でお会いしましょう!おつリッパ~』
配信画面がワイプアウトし、カメラアイとの接続が切れる。
私もさっさとリンクを切って帰還したい所だが、困った事に、咄嗟にかました全力回避でカーゴスペースを守る事に成功してしまった。
この中身は、今日のお嬢様の頑張りに対する正当な報酬だ。
死ぬほど面倒くさいが、どうにか応急修理して、出入口まで這い戻るより他あるまい。
『お疲れ様、ハル。気を付けて戻って来てね。』
承知いたしました、お嬢様。
HAL-777、これより帰投します。
――――――――――――――――――
「ね!ね!すごいでしょ!八津咲ネイルちゃん!3人目は絶対この子がいいですよぉ!」
決して広くはない雑居ビルの一室で、スラリとした銀髪の女性がピョンピョンと跳ねている。
歳のころは20代後半と言った所であろうか?
身長にもスタイルにも恵まれたクールな佇まいに似合わぬ、子供のようなはしゃぎぶりで、椅子に腰かけた男にまくし立てている。
彼女の名はヴィオレッタ・ボルヘス。
数少ないA級ダンジョン探索者の一人にして、俗に三魔女と呼ばれる現世代の注目株の一角だ。
彼女を表す名は数多くある。
魔弾の射手
博物学者
哄笑の君
…中でも最も有名な物は、バーチャルダンジョン探索者、附子島べノミ。
「ああ、素晴らしい人材だ。彼女ほどの実力者なら、きっと我々と共に時代を切り開いてくれる事だろう。よくぞ紹介してくれたね、ボルヘス君。」
彼女に対する男もまた、一筋縄ではいかない雰囲気を纏っている。
彼の名はジュンジ・クロウリー
B級以上のダンジョン探索者ばかりを狙って声を掛け、私設の探索チームに勧誘しては、高難度ダンジョンに送り込んでいると噂される、謎多き男だ。
だが、ヴィオレッタにとっては、この男の胡散臭さなど今はどうでもいい。
彼女にとって重要なのは、ついに自分が最愛の"推し"と共に活動できるかもしれないという事実。
運よく今日の配信でも見られた、美術品の如き闘いを、同僚として特等席で応援できる事への期待。
結局のところ、”附子島べノミ”の本質は、どうしようもなく”好き”を追いかけずにいられない、限界オタクなのだ。
「それでは社長、さっそくスカウトを…!」
「まあ、待ちたまえ。今はまだ、その時ではない。」
待ちきれないとばかりに目を爛々と輝かせるヴィオレッタを、ジュンジが制する。
今はまだ、その時ではない。
なぜなら現時刻はすでに午後11時を回っており、まともな会社であればとっくに終業している時間帯だからだ。
いくらなんでも、こんなタイミングでDMを送りつけたら、配信終了直後でまだ起きているであろう先方に対して、ブラック企業との印象を与えてしまいかねない。
慌てる乞食は貰いが少ない。それが、ジュンジの経営哲学だった。
「八津咲ネイルか…いいね。ティンと来た。」
そう呟く彼のデスクには一枚の企画書が乗せられている。
バーチャルダンジョン探索者プロジェクト、モグライブ4期生。
後に災厄の世代と呼ばれる3人の魔女の運命は、正にこのとき、濁り水のようにゆっくりと流れはじめていたのだ。
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