第13話 銀爪の魔女

『イヤ゛あ゛あ゛あ゛あああ―――ッッッ!!!クソがああああああ!!!クソがよおおおぉぉォォッ!!』


:事件性のある悲鳴

:えええええええええ純魔持ち!?

:は?なんこれ?ガーディアンに純魔積んであんの初めて見たんだけど


 ノイズ交じりの視界に、配信画面を流れるネイリスト達のコメントが重なる。

みな一様に困惑していた。


 当然だろう。

 魔力兵器は低反動かつ弾薬の運搬が不要だが、いかんせん本体の小型化が難しい。


 可搬サイズに納めようと思えば、発射機構か弾体か、いずれか片方は非魔力式にした、半魔力兵器が実用上の限界ラインだ。


 ガーディアンにもセンサーを始め、魔力を用いた機構は少なからず確認されているが、この恐竜型のように魔力で生成した弾体を魔力で発射する純魔力兵器を搭載した機種は、当時はまだ存在しなかったと言うのが、これまでの定説だった。


 図らずも考古学がひっくり返る大発見をしてしまったらしい。


『………ハルッッッ!!!』


 お嬢様が、画面に映ったそのアバターが、噴き上がる怒りに目を見開く。

 いわゆるガンギマリと呼ばれる表情パターンだ。


 念のために言っておくが、私は一切お嬢様の勝利を疑っていない。

 ただ、どうやら今日は久々に拝めそうだ。

 銀爪の魔女を…!


「ザザッ…はイ、お嬢さマ。」

『もうパーツなんかどうでもいい!!やっちまえ!!!私が許すッッ!!!!』


 人の形をした闇が吠える。

 お嬢様語初学者の為に解説しておくと、ここで言う『私が許す』は人間語で『機体の制御権限を渡せ』と言う意味だ。


 お嬢様は今まで配信のために割いていた全集中力を探査用筐体の操縦に振り向ける。

 私は操縦アシストを離れ、代わりに全リソースを出力系とセンサー類の管制に回す。


 我々2人で発揮しうる最大限のパフォーマンスをもって、この難局を乗り切るのだ!


「承知シましタ。ご武ウんを!」


---メインシステム:戦闘モードに移行します


『なッッッめんなァァァーーーーッッッ!!!!』


:え、速

:なにしたんあれ

:やっさんの本気モードきちゃあああ!!


 体が軽い。

 景色が矢のように飛んで行く。

 ハードウェアの性能が向上したわけではなく、お嬢様の操縦技術のなせる業だ。


 私が操縦アシスト時に設定している安全マージンの一切を、先読みと反射神経で代替し、理論上最速を賭けたギャンブルに100%の確率で勝ち続ける能力。


 こと軽量フレームを用いた高速戦闘において、お嬢様に敵う者は、アガルタ全土を探しても一人も見つかりはしないだろう。


 このお方をA級探索者たらしめている要因は、なにも古の知識だけではない。


 ごく単純に、最強なのだ。

 ヒカリ・アシヤは。

 私の天使自慢のお嬢様は!


『よくも!よくも!よくもッ!うちのハルをォッ!!てめぇぇ!!殺してやるッッ!!ブッッッ殺してやるッッッ!!!こんのガラクタァァァ!!!』

「GGGYYYYYY!!??」


 右腕部欠損で重量バランスを欠き、背部ブースターは過剰出力の反動で性能低下中。武装に至っては爪と盾のみ。

 そんな不利な条件にもかかわらず、お嬢様は恐竜型を圧倒していた。


『おるるぁ!!調子こくなやッ!!これがハルの本当の実力じゃい!!!』


 お嬢様はもはや、戦利品の状態など気にも留めていない。

 目にもとまらぬ漆黒の風と化し、敵機に絡みつくような動きで全身を切り刻んで行く。

 ハイスピードカメラで見れば、それが単純な斬撃でない事が分かるだろう。


:うぇ、エグ…

:グロ注意

:これは悪役の所業


 お嬢様は斬っているのではない。

 解剖バラしているのだ。

 敵を、生きたまま。


 ボルトにリベット、何らかのカバー、更にはその下の液晶。

 ミリ単位の恐ろしい精度で電磁クローを外装に突き立て、さながらハゲタカが獲物を啄むように、体表からパーツを抉り取っていく。


「PggggY!」


 恐竜型も負けじと激しく身をよじり、尾を振り回して私たちを振り落とそうと試みる。

 だが、無意味だ。


 お嬢様は最小限にすら満たない、微かにブレるような動きで、左肩のバックラーを振り出した。

 鉄拳めいた盾に打ち払われた尾は虚しく空を切り、拷問は止まらない。


 硬く分厚い装甲は徐々に継ぎ目からこじ開けられ、恐竜型の全身の皮が、あちこちベロンとめくれ上がった。

 その下から現れたアクチュエーターを掻き毟るように断裂させ、コンデンサーを捩じ切って回る。


 もはや脚部はボロボロだ。次の尾撃は繰り出せまい。

 緩んだ外装をこじ開けて、腹部に収められた電装系を力任せに握りつぶす。

 焼き溶かされたケーブル同士が支離滅裂にショートを起こし、恐竜型の体が傾ぐ。


「G g Fi r…!」


 敵機もさるもの、と言うべきか。

 体が動かぬならせめてと、恐竜型は再び炎の魔力砲を構え、我々を道連れにせんと最後の力を振り絞る。

 その健気な姿が、お嬢様の逆鱗に触れた。


『…アハッ。お前、私のこと怒らせるの上手いじゃん。』


 その一瞬、まるで宇宙から慣性と言う概念が消えかのようだった。

 だが、管制を担当する私にだけは、何が起こったのかがはっきりと見える。


 お嬢様は、私の筐体を敵機の頭部に取り付かせ、そのまま全ブースターを寸分のズレもなく同時噴射して、純魔力兵器を構えた巨大な頭部を、力づくで腹の下へと折り畳んだのだ。


 次の瞬間、私の半身を焼き切るほどの熱量が、掻っ捌かれた腹の中へと発射された。


 視界が赤く爆ぜる。

 カメラアイを焼くような光が収まった時には、メインジェネレーターに自ら火を放ち、その熱で制御中枢を蒸し焼きにされた恐竜型ガーディアンは、もはやパーツ取りにすら使えない、半液体のスクラップと化していた。


『ね、簡単でしょ?』


 その愛らしくも残虐な天使の声に、銀爪の魔女の面影を見出したリスナーは居ただろうか?

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