第9話 サーベルトゥース

「『廊下を走ってはいけません』!」


 あいさつ代わりにオートボウガンを連射。

 一応サーベルトゥースも魔力センサーを搭載した機種だ。

 この武器の魔力を用いないという特性が、多少なりとも発射地点の隠蔽に効果を発揮する、と信じたい。


 不意打ちを受けたサーベルトゥースは素早く身を翻し、こちらから距離を取った。


 飛び道具相手に愚かな、などと驕る者は、まず間違いなく次の一手で擱坐を晒す事になるだろう。

 こうして突き放した距離を、瞬時に埋め直せるだけの機動力を前提に、敵は動いているのだ。


『ハル、こっちも後退。とにかく突進を打たせないと話にならんからね。』


:お、突進待ち?

:カウンター戦法で行くのん?

:言うて前回はパリィ通じなかったしなー


 ネイリスト達がざわついている。

 まあ見てなさいよと。


 左右のパルスブースターでステップを刻み、敵の背部からせり出した軽火器の射線を翻弄する。

 軽いだけあって性能が足りていない。


 こうして積載量を絞らざるを得ないのは高速機に共通する泣き所だ。

 私も軽量フレームなので苦労は分かるが、生憎こちらのオートボウガンは弾幕用ではなく主兵装。

 撃ち合いならばこちらが有利。そう印象付けて行く。


「『ご家庭から出たゴミは各自で持ち帰りましょう』!」


 と、外れた矢弾をバラバラまき散らして敵を挑発する。

 この機械に言葉を理解する機能が有るかはさておき、射撃戦の不利は悟ったようだ。


 サーベルトゥースの動きが変わる。

 ジグザグに不規則なステップを踏み、私の側面、あわよくば背面を取ろうという意図が伺える。


 第一関門は突破。

 次の課題はここで敵に側面を取らせず、真正面から突進を打たせる事だ。

 こちらもブースターを断続的に噴かし、敵の動きにしばし付き合う。


:まるでダンスだな


 ダンスか、言い得て妙だ。

 相対距離20。


 チークダンスにはいささか遠いが、冷たい機械の頭脳に芽生えた、敵意の熱はお互いにしっかりと伝わっている。


 互いのパルスブースターの噴射間隔が、もうすぐ最小公倍数で重なる。

均衡が崩れる。


『次、来るよ。構えて。』

「はい、お嬢様。」


 お嬢様の判断通り、サーベルトゥースが飛び掛かってくる。

 時速500キロは超えているだろう。


 攻撃は止められない、回避は間に合わない。

 故に私はこの攻撃を、敵機の意識外の方法で、真正面から防御する。


「電磁バックラー、展開!」


 レフトショルダーユニットを起動。

 非魔力兵器、電磁バックラー。

 瞬間的に極めて強固な電磁斥力場を発生させる、やはり先史時代由来の技術の産物だ。


 電磁シールド類の中でも連続出力時間が極端に短く、盾と言うより第3の拳で殴り付けるような、言ってしまえばネタ装備なのだが、この局面に限って言えば、これが最速最適解。


 逸らせぬなら、躱せぬなら、その不可避の運動エネルギーを、発生させた本人に引き取ってもらえば良い。


 こちらと同じく、電磁斥力で保護された爪での接触を前提とした、超高速の突進攻撃を逆手にとり、後の先で顔面を叩き割る。


「無論、このやり方なら、私の左手は依然としてフリーである事もお忘れなく。」


 今の私は人間で言うショルダータックルのように、左肩を前方に突き出した姿勢だ。

 当然左手は体の前、右腕側を向いている。


 電磁クローを起動、再び敵機に正対する際の体重移動を利用して、ひび割れたサーベルトゥースの顔面を逆袈裟に、5指の刃で切り払う。


「これが、お嬢様の出した回答です。お気に召しましたか、守護者殿?」


 返事は敵機の制御中枢が焼き切れる、小さな爆発音だった。

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