第3話 遺産
『ハイホー!皆様こんリッパー!あなたのハートにアイアンクロー!鉤爪系ダンジョン探索者の
日頃の情けないお姿からは考えられない、快活な口調で冒頭挨拶を済ませるお嬢様。
アバターは本人とは似ても似つかぬ愛嬌に満ちた表情をしているが、衣装はしっかり中の人の趣味を反映して、黒を基調としたパーカー姿だ。
お気に入りのアーマーリングも、左手を覆う鉤爪として再現されており、普段のファッションとの明確な違いは、髪に入った一筋の銀メッシュくらいか。
いささか身バレが心配になる寄せっぷりだが、なにぶん日頃の交友関係がアレなので、今の所そういったトラブルは無いと伺っている。
:こんリッパー!
:きりさけー!
:初見です~
先程の附子島様には遠く及ばないが、こちらの配信画面にもチラホラとコメントが流れ始める。
お嬢様は現在、私のラップトップ筐体に接続されたコントローラーを介して、私が意識を飛ばしている探査用筐体を遠隔操作している状態だ。
もっとも、配信中はトークやコメント対応などマルチタスクで様々な作業が必要となるため、私のアシストを前提に、お嬢様側での操作はできる限り簡略化されている。
さしずめセミオートと言った所か。
例えば、お嬢様がコントローラーの左スティックを前に倒すと、私の体が前進する。
念話を通じて伝わった動作意図に筐体が従おうとし、それが実際に無理のない動きとして成立するよう、私が内側からアクチュエーターやバランサーを制御して補助している格好だ。
業界外からは勘違いされる事も多いのだが、現代ではダンジョン深部に生身の人間が直接潜る事は殆どない。
理由は単純に危険だからだ。
永い時の流れに伴い、多くの先史文明遺跡が風化して行く中で、大深度地下に築かれた施設だけが当時の姿を残している。
何故か?
それは、水や酸素など、施設の風化を促す物質が入り込む余地が乏しい為だ。
現存するダンジョンの多くは、通気口の地上部分が堆積物で塞がるなどして、外気の出入りが著しく制限された状態となっており、また遺跡保存の観点から、それらのトラブルが積極的に解消される見込みは無い。
地下に100メートルも潜れば酸欠は当たり前、有機生命体に有害なガスが発生しているエリアもあれば、放射性元素の核崩壊で強度のガンマ線が飛び交うデッドゾーンが形成されている事もある。
このように、人間の生存その物が困難な環境であるダンジョンを探索する為に用いられるのが、私が今こうして宿っているような遠隔操作ゴーレムだ。
浅層に観光に訪れる日曜探索者は別として、プロの探索者とは、ほぼ全員がこれらゴーレムのオペレーターであると言ってよい。
『みんな来てくれてありがと~!初見さんもありがと~!今日もお馴染みハイデラバード・ダンジョンで、ガーディアンをボコって電子パーツを回収していきたいと思います!レア物出るといいな~』
:やつざきは本当ハイデラ好きだね~
:中後期パーツマニアの聖地
:やつざき今日もウォッチャー狙い?
オープニングの雑談パートを終えたお嬢様が、本日の趣旨に言及する。
今日の配信内容は、ここハイデラバード・ダンジョンでの、
先史文明の機械技術はまことに恐るべきものであり、大崩壊から2000年を経た今もなお、ダンジョン内部の自律プラントでは、施設維持のための作業機械群が製造され続けている。
ガーディアンはその中でも施設の警備を担当する機種群であり、狩ってもダンジョンの維持にさほど悪影響を与える心配がないため、持ち出しに関する法規制が緩い。
魔導技術を出発点とする現代のそれとは発想を異にする、古の純粋電子工学の産物が木の実のように生えてくる楽園。
それがダンジョンなのだ。
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