第6話
次なる依頼の舞台は、不快感に思わず顔を顰めそうになる多湿の沼地。
薄い霧の向こうに、奴の姿はあった。
「キシャアアアアア!」
三つもの頭が、同時に鎌首をもたげ牙を剥く。それぞれのあぎとから覗く二又に分かれた舌には毒が仕込まれており、日を受けてテラテラと艶っぽく光る。
俺が個人的に受けていた依頼の討伐対象が、この「サードペント」だ。青と紫の毒々しい鱗が特徴的で、沼地などの水が多い場所に好んで生息しているようだ。
毒を持つモンスターは他にもごまんといるが、このサードペントは素材の需要が特に多いことで知られている。
「レイン、接近と攻撃は任せるからな!」
「はい!」
体の正面に生えている三つの頭が大きく息を吸い込み、ブレスを吐き出す。その色は左から順に紫、黄色、黒。
紫のブレスを食らえば体を直接蝕む毒に、黄色のブレスを食らえば麻痺毒に。黒いブレスを食らうと、しばらく身体の各機能が衰弱して力も魔力もろくに出せなくなる。
一体のモンスターでありながら三つの異なる毒を使いこなすのが、サードペント最大の特徴だ。それゆえか、奴の素材からは極めて優秀な血清が採取できる……それが良く討伐対象に上がる理由だ。
「行きます!」
事前の打ち合わせで、今回は俺がブレスの標的となりレインが隙を突くという作戦となっている。成りかけとの戦いでは俺がアタッカーを務めたのだが、レインはそれについて忸怩たる重いがあったようだ。彼女もアタッカーとしての経験を積んできているらしいので、それを発揮できなかったことは悔しかったのだろう。
お互いにできることをやったまで……気にすることでもないのだが、彼女自ら剣を振るいたいというのなら俺に止める理由はない。サードペントは何体も屠っているが、レインの実力なら楽勝とは言わないまでも分のいい勝負になる。
「上手くやれよ!」
青銀のライトアーマーを纏った少女がサードペントの側面に回り込むのを視界の端で捉えつつ、思考のほとんどはブレスの回避に費やす。
驚くべきことに、奴のブレスは属性だけでなく特性も違う。紫のブレスは霧状でしばらく周辺に漂うし、麻痺のブレスは雷状で到達が早い。黒いブレスは大きめの弾丸状で、ある程度の速度になら対応して追尾してくるとも聞く。
「よっ、と」
魔術師ならだれでも使える汎用魔法『身体強化』で、離れすぎない程度に離れてブレスを撒く。全力で移動すると狙いがレインに移りかねないので、適度に軽く魔力弾を飛ばして時間と注目を稼ぐ。
「キシャアアアアア!」
「いいぞ、もっとブチ切れろ!」
二回目のブレスをかわしきったところで、レインが奴の斜め後ろという完璧な位置取りに着いた。
サーペント型やスネーク型モンスターに共通する弱点として、身体の構造上斜め後ろが死角になりやすいというものがある。
特に、サードペントは首が三つ生えているため前方への視界を広く取れるが、代わりにそれぞれの首の可動域がそこまで大きくない。
「……っ!」
凍てつく冷気を纏ったサーベルが、サードペントに襲いかかる。完璧に首の付け根をえぐったかのように思えたのだが……
「シャアッ!」
サードペントは後ろを振り向くことなく、丸太のように太い尻尾を振り抜いた。野生の勘か特殊な感知機能を持っているのか、その一撃は的確にレインのサーベルを捉えた。
「くっ……」
サーベルが弾き飛ばされ、少し遠くに転がる。そしてレインの方へ振り向いたサードペントが、三つのあぎとを大きく開いた。
「まずいな」
あの距離でブレスを食らってしまったら命の危険すらある。助けるために術式の発動を準備しかけたその時。
「
ごう、と火が噴いた音と共に動き出したレインが、信じられないほどのスピードで剣を拾った。
そして再び地を蹴り、サードペントがレインを捕捉し切れないうちに体の側面に連続の突きを仕掛ける。凍てつく冷気を纏った水色のサーベルが青紫の鱗を何度も穿ち、そのまま奴の息の根を止めた。
「なっ……!?」
あっという間の展開に、思わず立ち止まってしまう。
「
てっきり氷属性がもっとも得意なのだと思っていたが、先ほど使って見せた魔術を見るに炎属性への適性のほうが高い可能性がある。炎属性を中心に戦ったレインがどれほどの実力を見せるのか、とたんに気になってきた。
「やりましたよ、アレンさん」
「あ、あぁ……」
その事を指摘するか悩んだが、この場はひとまず先延ばしにすることにした。ひとまず、スネークを目標数討伐して帰還することが最優先だ。
それにしても……
「面白いな」
「? 何がですか?」
「いいや、何でもない」
思っていた以上の力を見せられ、思わず口角が上がる。もっと彼女の真価を見てみたい……そんな衝動に駆られる。
「んじゃ、素材を取って次に行くぞ。」
「そうですね。あの……」
「ん?」
「作戦はどうしますか? あまり上手くは行きませんでしたし……」
レインは、おずおずとそう聞いてきた。
「いや、変えるつもりねえけど?」
「え?」
「特に致命的な欠陥があったわけでもないし、レインなら次はもっとうまくやれるだろ? もしミスをしても俺がすぐにカバーする……まだまだ挑戦してみようぜ」
「ふふ、ありがとうございます。期待に応えられるように頑張りますね!」
そう拳を握るレインに、俺は頷いて見せた。
沼地から帰還した時には、街はすっかり夕暮れを迎えていた。結局二人とも熱が入り、沼地にいたサードペントを狩り尽くす勢いで大暴れしてしまった。
「ありがとうございます! サードペントの毒腺は数が足りていなかったんですよ……こんなに沢山提供して頂いて、本当に助かります!」
レインと連れ立って手に入れた素材を依頼先である病院に持っていくと、担当の若い医師はとても嬉しそうな顔を見せた。
定期的にここの依頼を受けているので、彼とはすっかり顔なじみだ。
「そちらはお連れさんですか? 珍しいですね、いつもは一人でいらっしゃるのに」
「今回は、こっちのレインの方が大活躍だったんですよ。彼女にも礼を言ってやってください」
「そうだったのですか。ありがとうございます!」
「いえいえ、私はできることをしただけですから。……お二人はお知り合いなんですか?」
俺が答えるより先に、医師がいきさつを話した。
「ええ、アレンさんは何度も個人的に依頼を受けてくださっているんです。まだ新人の魔術師のにとにかく腕が立つので、うちのボスが専属にならないかと何度も打診してるそうなんですがね」
「いや、俺はそんな大した者じゃないですよ。評価してもらえるのはとても嬉しいですが」
面と向かって褒められるとさすがに照れ臭く、俺は頭をかいた。
「ふふ、けっこうすごい人なんですよ」
「はぁ、レインまで……。また何かあったら優先的に協力しますよ」
報酬は後日素材の鑑定が終わってから受け取ることになっているので、ひとまず本日の仕事は終了だ。
「ここは実績も多く、非常に優秀な病院であると父や兄上から聞き及んでいます。もし何かしらの支援が必要であれば、ぜひ我らがカリバー家にもご相談ください」
「あ、ありがとうございます。そうならないように我ら一同努力はしますが、もしもの時はよろしくお願いします」
ああして毅然と話しているのを見ると、貴族としてしっかり教育を受けてきたのだなと思う。一緒にいると普通の少女にしか思えないこともあるが、やはり彼女はカリバー家を背負うものなのだとそのたびに実感させられていた。
「だ、そうですよ。それじゃあ俺たちはこれで」
「お二人とも、本当にありがとうございました! またお願いします!」
手を振ってくれる青年医師に、親指を立てて応える。
気恥ずかしさはどうしても否めないが、こうして人に評価されるのはやはり嬉しいことだ。
「今日こそは叔父様も帰ってくるはずです。いい時間ですし、今日もぜひ食べていってください」
「そうか。なら、お言葉に甘えさせて貰おうかな」
今度は斬りかかられないといいけどな、と他人事のように考えながら俺たちは帰路を辿った。
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