第5話

「あー、帰ってこれた……やっと一安心だな」


 俺を燃え上がらせていた精神の昂ぶりはとうに収まり、代わりに体には重い疲労がのしかかっていた。

 空はまだ青いが、いかんせん敵が強すぎた。消耗を考慮して、街に着いた俺たちはひとまず解散とすることにした。


「はぎ取った成りかけの素材はどうしましょう? そういえば配分を考えていませんでした」

「ん? レインが総取りでいいけど」


 そう答えるとレインは驚いた。


「え!? 貴重な素材ですし、売れば相当な金額になると思いますが……」

「割と金には困ってないんだよ。それに、俺が自分でアレを売りさばくのは面倒だ」


 雑魚でおなじみの俺が成りかけの素材など売ろうものなら、多かれ少なかれ話題になってしまうだろう。今の時点でそれは避けたいところだった。


「わかりました。ですが、何かしらの形でアレンさんの役には立てるようにします」


 そう言って頭を下げるレインを、俺は慌てて制止した。


「そうそう。レインにはいろいろ伝手があるだろ? そっちに回してもらうほうが、俺の飯代になるよりよっぽどいい」


 話が済んだところで別れようとすると、


「あ、あの!」


 レインが俺を呼び止めた。


「ん? どうした?」

「ええと……叔父様への報告もありますので、もし良ければ今夜も……」


 そこで、レインは言葉を止めてしまう。

 言いたいことはわかるが、俺が言ってしまってもいいものだろうか? というか、この場合恐縮するのは俺のような気が……。


「……もしよかったら、今夜もご相伴に預からせてもらえないか?」


 意を決してそう切り出すと、レインは顔を輝かせた。


「はい、ぜひ! 七時頃にお待ちしております!」

「ああ、ありがとう。んじゃ、また後でな」


 笑顔を浮かべ走り去っていくレインを見て、俺は頬をかいた。

 女心なんてものは良くわからないが、まあ喜んでくれたのだからこれで正解だったのだろう。


「おい、見たか?」

「あの二人が一緒にいるなんて、釣り合わねえよな。どうせレインさんが全部倒したんだろ」

「魔術師として情けないったらありゃしないわね」

「……」


陰口を叩くのはいいが、せめて耳に入らないようにやってもらいたいものだ。

俺は今更慣れっこだが、もしあのお嬢様が聞いてしまったら……。想像するだけで億劫だ。考えないようにしよう。


「久しぶりに昼寝でもすっか。疲れたし気持ちよく寝れそうだ」


大きく伸びをし、眩しい光に目を細めながら俺は寝ぐらへと向かった。





「お待ちしておりましたよ、アレンさん!」


 約束の時刻にカリバー邸に赴くと、部屋着姿のレインが出迎えてくれた。

 これまでは動きやすい服装をした彼女しか見たことがなかったのだが、今日は帰ってから時間があったゆえかブラウスにフリルのスカートという出で立ちだった。

 端的にいえば、とてもよく似合っていて……俺はしばし、魂を抜かれたように立ち尽くしてしまった。


「アレンさん、そんなに私のことを見てどうかされましたか?」

「なんでもない。気にしないでくれ」


 ぶっきらぼうに返すと、レインは何もかも見通したように笑った。


「ふふっ、お気に召したようで何よりです」

「……はぁ」


 さすがに誤魔化し方が下手すぎたか。こういう時にはまるで敵わない。






「ところで、大変申し訳ないのですが……」


 食事をあらかた食べ終えたタイミングで、レインがおずおずと切り出した。


「叔父様はどうやら仕事が立て込んでおられるようで、今日は帰らないそうです。わざわざ来ていただいたのに……」

「気にしないでくれ。むしろ悪いな、何日もご馳走になっちゃってさ」


 ここの料理はやはり美味い。今日は魚がメインだったが、昨日の肉料理に負けず劣らずの味だった。


「よかったら料理人さんたちに伝えといてくれよ、こないだもそうだけどめちゃくちゃ美味しかったってさ」

「それは良かったです。使用人たちは、何代も前からカリバー家に仕えている家系の者が多いんですよ」

「へえ~……」


 俺は素直に感心した。

 つまりは、歴代の当主が名君であったということなのだろう。そうでなければ、子に同じ生き方を勧めたりはすまい。


「話を戻しますが……迷惑なんて思わないでください、むしろ嬉しいんです。家族はみんな多忙ですし、使用人たちも頼めば同席はしてくれますが、そこまで気を遣わせるのも……。だから、こうして誰かと食卓を囲めるのは楽しいです」

「そうか。なら良かったよ」


 故郷の村に住んでいたころは、よく友達と互いの家でご馳走になったりしたものだが……名家の令嬢となれば、人付き合いもいろいろと気を遣わなければならないだろう。彼女にとって、こういう体験は俺が思うよりも貴重なものなのだ。


「成りかけの素材は、私たちが抱えている研究施設に渡しておきました。ドクターがすごく喜んでいましたよ」

「貴重なモノだしな。研究者なら喜ぶのも当然か」


 神獣がとても希少な存在であることが示すように、その前形態である成りかけもそうそう現れる存在ではない。

 その神獣が人間がどうこうできるレベルを超えていることもあり、人間が入手できるモンスターの素材としては成りかけのそれは最上級に値するものなのだ。


「ドクターは貴方にも興味があるみたいですよ?」

「うわっ、バラされたりしないだろうな? 俺はモンスターじゃないぞ」


 おどけてそう言うと、レインはくすくすと笑っていた。

 

「ところで、明日……」

「明日のことなんだが……」


 口火を切ったのはまったくの同時だった。

 レインが視線で促してくるので、俺から要件を話す。


「もし何も予定がないなら、こなしたいと思っていた依頼に付き合ってくれると助かるんだが」


 成りかけとの戦闘ではあまり見られなかったレインの力を、もっとこの目で見てみたい。そう思った末の提案だった。 

 レインはしばらく目を丸くしていたが、やがてにこっと微笑んだ。


「なんだよ、おかしなこと言ったか?」

「貴方から誘っていただけるとは思っていなかったので、その……嬉しくて。喜んでお受けします」

「助かるよ。んじゃ、概要を話しておく」


 さっそく依頼についての話をまとめ、今日はそれにて解散となった。


「改めて……本日はありがとうございました。貴方のおかげで、何人もの人が救われたと思います」


 見送りに来たレインが、そう言って頭を下げる。

 無辜の民の無事を、自分のことのように感謝する……崇高な貴族としての振る舞いだった。


「私が言う通り撤退していたら、何人犠牲になっていたか……」

「いや、レインの判断は間違ってなかった」


 俺は自分の実力を把握しているが、レインからすれば俺の実力はまだ未知数だったはず。それを踏まえれば、あの場で戦うのは無理だという判断は正しいものだった。


「自信ってのは、魔術師にとってとても大事なものだと俺は思ってる。レインはもっと自信を持つべきだ」


 もちろん自信過剰は身を滅ぼすが、かといって自分のことすら信じられない魔術師に成功はない。

 自分の実力を正確に把握し、持つべき自信を持ち引くべきところでは引く。それが、魔術師に求められる能力の一つだと俺は考えている。

 

「じゃあ、また明日な」

「はい!」


 手を振ってレインと別れる。

 なぜ彼女に入れ込んでいるのか……そう考えて、答えは簡単に出た。

 この街に来て、まともな会話はほとんどしていない。パーティを組むなんて有り得ないことだった。

 無意識のうちに、俺は人とのつながりを求めていたのだろう。


「……面倒なことにならなきゃいいがな」


 自分に言い聞かせるように、そう独りごちた。

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